毎日一話

宇宙は僕の為にまわっている - そしてあなたはそれを手伝っている - 宇宙はあなたの為にもまわっている - そして僕はそれを手伝っている     Go with the flow.......

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プロフィール

川田 倫久

Author:川田 倫久
オーストラリアに永住し、ずっと観光業をしていたが、中年のオッサンになってから、IT関係に転職。





精神大国をめざして

11月30日のお話 「精神大国をめざして」

今日、わが国は経済大国と言われるまでになりましたが、人びとの心の面、精神面を高めるということについては、とかくなおざりにされがちだったように思います。これからは経済面の充実とあわせて、お互い国民の道義道徳心、良識を高め、明るく生き生きと日々の仕事に蹄みつつ、自他ともに生かしあう共同生活をつくりあげていく。あわせて日本だけでなく海外の人びと、ひいては人類相互のための奉仕、貢献ができる豊かな精神に根ざした国家国民の姿を築きあげていく。そのような精神大国、道徳大国とでも呼べる方向をめざして進むことが、今日、国内的にも対外的にも、きわめて肝要ではないかと思うのです。

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ガンバレ ニッポン !  (ちょっと古いかな?)

しかし松下氏は毎日いろいろ考えてたんだなぁと思いますね。

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値引く以上のサービスを

11月29日のお話 「値引く以上のサービスを」

商人は、自分の信念なり事業観に基づいて適正利潤というものを確保し、顧客を大事にしつつ商人としての社会的責任を果たしていくことが肝要で、それが社会共通の繁栄に結びつく望ましい姿だと思います。

そして、そうした望ましい商売をしていくためには適当にかけ引きをして値段をまけるというのではなく、最初から十分勉強した適正な値段をつけて、それは値切られてもまけない、逆にお客さんを説得し納得していただくということでなければいけません。その上で“あの店は値引く以上に価値あるサービスをしてくれる”という評判をお客さんからいただくような商売をすることが大事だと思います。

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価値あるサービスをするのだったらいいのですが、しなくてもいいサービスや過剰なサービスをしているところがあると思います。

昔、お客様が寝坊して現地ツアーに乗り遅れたのですが、モーニングコールがならなかったと言って、クレームをもらった事がありました。
ホテル側に問い合わせて見ると、「システム上はモーニングコールをした事になっている」 との事だったので、その旨をお客様に伝えました。
時々モーニングコールを受けた後に、また寝てしまう人がいるので今回もそうかなぁと思っていました。

お客様は、「ホテルがモーニングコールをちゃんとしたかが問題じゃなくて、お宅の係員が手配したモーニングコールで起きれなかったんだから、お宅の問題でしょ!」だって。。。
アホか!と思いました。 でも、そのときの支店長はお客様に謝り、お詫びとして食事券かなにかを差し上げたように思います。

現地のオフィスは日本の本社からのクレームやいろいろな数字に敏感になりすぎて、サービス過剰なところがあるんじゃないかなぁと思います。
このようなお客様は困る!とよく話し合うのですが、このようなお客様を育てたのは、旅行会社自身じゃないかなぁと思います。 手取り足取りしすぎですね。

日本で自己責任が問題になってからは、こういう人は減ったかな?

とどめを刺す

11月28日のお話 「とどめを刺す」

日々のお互いの仕事の中で、もうちょっと念を入れておいたら、とあとから後悔することが少なくないような気がする。

一生懸命に努力して、せっかく九九%までの成果を上げても残りのわずか一%の「止め」がしっかりと刺されていなかったら、それは結局はじめからやらなかったと同じことになる。いや中途半端にやっただけ、むしろマイナスになる場合が多いのではあるまいか。念には念を入れよ、である。仕事を完全にやり通すのに念の入れ過ぎということはないのである。とどめを刺さない仕事ぶりがあったら、お互いにその不徹底を大いに恥とするほどの厳しい心がけを持ちたいものである。

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某旅行会社で働いていた時は、現地手配の予約を3回チェックしていました。
本人が1度めのチェックし、他の人が2度目のチェックをし、そして最終的に3度目のチェックをする人がいます。
なにも3回もと思うのですが、やはり日本からの連絡が遅れたとか、連絡ミスとかで、最終チェックをしていると手配漏れが見つかることが年に、数回はありました。
大手旅行会社だったので、ペーパーワークが多く、人員もやたら多いので無駄だなぁと思っていましたが、仕事を完璧にするには人員も必要かなぁと思いました。

人間としての成功」

11月27日のお話 「人間としての成功」

人にはおのおのみな異なった天分、特質というものが与えられています。言いかえれば万人万様、みな異なった生き方をし、みな異なった仕事をするように運命づけられているとも考えられると思うのです。

私は、成功というのは、この自分に与えられた天分を、そのまま完全に生かし切ることではないかと思います。それが人間として正しい生き方であり、自分も満足すると同時に働きの成果も高まって、周囲の人びとをも喜ばすことになるのではないでしょうか。

そういう意味からすれば、これをこそ“人間としての成功”と呼ぶべきではないかと考えるのです。

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自分にとっての「成功」とはなんだろう? 自分の「天分」は? と考えるときりがないなぁ。
まぁ、ある目標があるので、とりあえずはそれに向かって進むことかな、今は。

要求者たれ

11月26日のお話 「要求者たれ」

経営者にとって、とくに大事な点は何かというと、それは“要求者になる”ということだと思います。社員の人たちに、会社の方針はこうだから、こういうようにやろうではないか、諸君も努力して欲しい、という強い呼びかけを持つということです。それが社長の仕事だと思います。社長がそういうことを言わなければ、社員は何をどういうふうにやっていいのか分からないということになって、力強いものは生まれてきません。

ですから、経営者は強い理想というか希望というものを打ち立てて、これを社員のすべてに要望、要求することが肝要なのです。要望を持たない社長は存在の意義がないと思うのです。

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昨日、新聞を読んでいたら日本人がメキシコの空港で、もう何ヶ月か暮らしているそうです。 トムハンクスの映画はしているが、特に影響されたわけではないらしい。
最初は、臭いし、怖がられたり嫌がられたりしたそうですが、そのうちにテレビでも毎朝取り上げられるようになったり、空港内のレストランやカフェがテレビに写るのを期待して、ロゴ入りの製品を渡したりするようになったそうです。 特になにするわけでもなく、毎日ツーリストから食べ物を買ってもらったり、レストランから恵んでもらったりして生活しているそうです。

移民局もどうすることもできないので、来年の3月になって彼のビザが切れたら、なんらかの処置をとるそうです。

なに考えてるんでしょうね? なにも考えてないかな? それとも、なんかあるのかなぁ?

人間としての努め

11月25日のお話 「人間としての努め」

命をかける──それは偉大なことです。命をかける思いがあるならば、ものに取り組む態度というものがおのずと真剣になる。したがって、ものの考え方が一新し、創意工夫ということも、次つぎに生まれてきます。お互いの命が、生きて働くからです。

そうすると、そこから私たち人間が繁栄していく方法というものが、無限にわき出てくると言えるのではないでしょうか。この無限にひそんでいるものを一つ一つ捜し求めていくのが、人間の姿であり、私たちお互いの、人間としての勤めであると思います。もうこれでいい、けっしてそう考えてはならない。それは人間の勤めを怠る人だと私は思います。

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命をかけて事にあたるのも大切ですが、時によっては「失敗しても死ぬほどのことはない」 と思う事も大切だと思います。

不可能を可能にする

11月24日のお話 「不可能を可能にする」

ある製品の価格を一年ほどの間に三割も引き下げて注文をとっている会社のことが新聞の記事に載っていました。以前は非常に儲けすぎていたのだと言えばそれまでです。しかし、以前と言えどもある程度の利益以外は取っていなかっただろうと思いますし、今度と言えども赤字ではやっていないだろうと思います。

そうすると、そこにはなんらかの工夫があったと考えられます。経営の考え方とか、仕方に工夫をこらして、価格を引き下げても引き合うという方法を見出しているのです。そうした成果は、“不可能を可能にする道は必ずある”とみずから考え努力していくところから生まれてくるものではないでしょうか。

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ちゃんと考えて値下げするのだったらいいのですが、とりあえずコストダウンのために、取引先や下請けに無理難題を押し付けてこられるとこまりますねぇ。

また旅行業界にいた時の話ですが、日本の景気が悪く、安くしないと旅行商品が売れないからと言うことで、現地の手配会社にも結構影響がありました。

まず、こちらからの手配請求額があげられないんですねぇ。オーストラリアは過去17年間も景気がよくて、物価はあがりっぱなしなのに、みんなのお給料はあがらず大変です。しかも契約社員はツアーが来たぶんしかお給料がはいらないので、もっと大変です。
ツアーを運営するためには、ガゾリン代をはじめとする経費はどんどん上がっていくのに、日本へ請求する金額は同じなので、困ったものでした。 まぁ話し合いをして、経費だけは実際かかった金額を請求させていただきましたが、その他のものは毎年据え置きです。 

携帯電話が普及してからは、サービスのいっかんとして現地の対応したスタッフは個人の携帯の番号をお客様に教えるのですが、時間外の対応や電話代は請求できません。夜中であろうが、休日中であろうが関係なしです。 また、海外にくる旅行者はやはり不安になることが多く、ちょっとした事でも電話をかけてきます。 「傘をバスの中に忘れました。」 とか、「今、レストランなんですが、注文がわかりません。」 とか、「もう旦那と一緒に旅行したくないので、明日は別の飛行機の切符とってください。」 とか、しょっちゅう朝方や夜中に電話がかかってきます。
「あのねー、せめて、夜が明けるまでまってもらえないかなぁー」 と思いながらちゃんと対応はしましたが。。。

ちょっと今日も愚痴ってしまいました。 まぁ、物が安くなることは消費者にとっていいのですが、いろんなところに歪がある事も忘れないでくださいねー。

労働は神聖なり

11月23日のお話 「労働は神聖なり」

労働は神聖である。その意識をお互いにつよく持ちたいものだと思う。

私は、労働は神聖であり、その聖職に当たっているのだという誇りから、労働それ自体も、より価値あるものになるというか、その能率、生産性も知らず識らずのうちに上がってくると思う。
そのように生産性が上がって、仕事の成果も高まれば、それは労働者に、より大きな報酬賃金をもたらすことになろう。つまり、労働の喜びという精神的な面だけでなく、物質的な面での向上進歩もあるわけで、言ってみればそうした意識、誇りから物心一如の繁栄なり幸福なりが生まれてくると思うのである。

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働けども、働けども給料が上がらないって状態はアホみたいですからねぇ。

以前、旅行業界で現地手配をしていた時は、スタッフのお給料を上げるために、日本の旅行会社へ交渉したのですが、「不景気だからねぇ。給料据え置きじゃないとぉ。」と言われました。 しかも、「できれは下げたいんだけどねぇ。」とも言われもしました。さらに、「今の契約社員の人もベテランじゃなくて、学生とかのバイトでもいいんだけどねぇ。安く使えればそれでいいんだけどぉ。」なんて事もいわれました。

まぁ、賃金の安い人をうまく使う方法もあるでしょうが、安易に安いものを使うという考えをやめてもらいたいなぁと思いました。

弁解より反省

11月22日のお話 「弁解より反省」

仕事でもなんでも、物事がうまくいかない場合、必ずそこに原因があるはずである。だからうまくいかなかったときに、その原因を考えることは、同じ失敗を重ねないためにも、きわめて大切である。

そのことは誰もが承知しているのであるが、人間というものは往々にしてうまくいかない原因を究明し反省するよりも、「こういう情況だったからうまくいかなかったのだ。あんな思いがけないことが起こって、それで失敗したのだ」というように弁解し、自分を納得させてしまう。原因は自分が招いたことである、という思いに徹してこそ、失敗の経験も生かされるのではないだろうか。

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2,3日前の自転車がパンクした事もそうですが、「こんな歩道に、とげのある枝を撒き散らしたままにして!」 と腹がたったけど、気をつけていれば避けて通れたもんなぁ。
やっぱり自分が原因ですね。

心をときはなつ

11月21日のお話 「心をときはなつ」

自由な発想の転換ができるということは、指導者にとってきわめて大事なことである。しかし、発想の転換ということはさかんに言われるが、実際はなかなかむずかしい。みずから自分の心をしばったり、せばめている場合が多いのである。

だから大事なことは、自分の心をときはなち、ひろげていくことである。そしてたとえば、いままでオモテから見ていたものをウラから見、またウラを見ていたものをオモテも見てみる。そういったことをあらゆる機会にくり返していくことであろう。そうした心の訓練によって、随所に発想の転換ができるようにしたいものである。

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今日のお話とは関係ないですが、昨日はお腹をこわして一日中寝ていました。

友人が旅行に出かけるので冷蔵庫の中の物を全部おいていったのですが、その中に半分くさりかけのメロンがあったのですが、くさりかけの部分だけ捨ててあとは食べてしまいました。
そしたら、夜中ごろからお腹が痛くなって、トイレに何回もいき、夕方ぐらいにやっとおさまりました。
くさりかけやカビがはえた食べ物は、そこだけ捨てないで全部すてるようにいわれた事がありますが、本当でした。 これからはいやしい根性だすのはやめよう。

しかし、いつも病気になると日本が恋しくなるなぁ。 別に日本にいくとなおるわけじゃないんだけど。
やっぱ日本人だからかな?

覚容の心で包含

11月20日のお話 「覚容の心で包含」

世の中にはいい人ばかりはいない。相当いい人もいるが相当悪い人もいるわけです。ですから、きれいな人、心の清らかな人、そういう人ばかりを世の中に望んでも実際にはなかなかその通りにはなりません。十人いたらその中に必ず美ならざる者も正ならざる者も入ってくる。そういう状態で活動を進めているのが、この広い世の中の姿ではないでしょうか。そこに寛容ということが必要になってきます。

力弱き者、力強き者があるならば、両者が互いに包含し合って、そこに総合した共同の力を生み出してゆく。そういうところにわれわれ人間のいき方があるのではないかと私は思うのです。

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昨日の朝、娘が買ってあげた新しい自転車に初めて乗って、チャイルドケアへ行きました。

途中、歩道の上に庭の木を刈ったものが散乱していたのですが、あまり気にせず娘をそのまま走らせていましが、タイヤに細い枝がひっかかってしまいました。 「なんだよ~」と思いながらとろうとしたら、なんとイバラじゃないですか! しかもトゲが両方のタイヤに刺さってるじゃないですか!大きいのが! トゲを抜くと案の定、シュ~~~~~~ っと空気が抜けてしまいました。

「まったく、庭の木、切ったんだったらぁ、ちらかっったままじゃなくて、ちゃんと掃除しろよっ!」と言おうかと思いましたが、まぁ寛容性も大事だなと思って止めました。

でもこれは、こっち側のただの不注意かな?

くり返し訴える

11月19日のお話 「くり返し訴える」

経営者が、その思うところの考え、意志を社員に十分伝え、浸透させようとするにはどうすればいいだろうか。

それは、何よりもまずくり返し話すことである。大切なこと、相手に覚えてもらいたいことは、何度も何度もくり返して言う。くり返し訴える。二度でも三度でも、五へんでも十ぺんでも営う。そうすれば、いやでも頭に入る。覚えることになる。

またそれとあわせて、文字をつづって文章にしておく、ということも大切だと思う。文章にしておけば、それを読みなさい、と言えば事が足りる。読んでもらえば、くり返し訴えるのと同じことになる。

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同じことばかり言うとしつこいかなと思って、文章にしてみんなに回した事があったけど、結局読んでくれなかったですね。

なんで読まないかなぁと思っていたのですが、自分がある会議に出て、
「そんなインフォメーションもらってませんけどぉー」と言ったら、
「前回渡した書類に書いてありますよ。読んどくように言ったはずですが。」 と言われました。
よく見たらちゃんとはっきり書いてありました。

結局自分に興味のない事は、目に入らないんですね。やっぱりしつこいくらいの方がいいかも。

民主主義と勝手主義

11月18日のお話 「民主主義と勝手主義」

民主主義というものは、自分がよければ人はどうでもいい、というような勝手なものでは決してないと思うのです。今日の日本の民主主義はわがまま勝手主義である。勝手主義を民主主義の如く解釈している人が随分あるのではないか、というような感じがします。

民主主義というものは、自分の権利も主張することは認められるが、それと同時に他人の権利なり、福祉なりというものも認めてゆかなければならない。そういうことをしなかったならば、法律によってぴしっとやられるというような非常に戒律の厳しいものだと思います。それがあってはじめて民主主義というものが保ち得るのだと思うのです。

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今回もまた、同じような話ですね。 しつこいくらいじゃないと、事を成すこともできないかな?

先日、娘の足に6ヶ月に一回の筋肉がゆるくなる注射を、またしてきました。
注射した2,3日後から薬が効いて、つま先立ちをしていた足も、かかとがつきやすくなるのですが、それでついつい僕もマッサージを忘れてしまいます。
ふくらはぎの筋肉は体の成長の早さに、なかなかついていけなくて、6ヶ月たつ前にすぐ硬くなってしまいます。
朝晩ストレッチをしなくては、と思いながら、十分時間がとれないですね。 
もっとしつこくしないとだめだ。

権威を認める

11月17日のお話 「権威を認める」

一つの会社の経営でも、また個々の責任者が一つの部署を運営する場合でも、そこにみなが認めるような権威というものを求めて、それに基づいて事を成していくことが能率的、効果的な運営をしていく上できわめて大切だと思う。

会社の創業の精神、経営理念なり使命感、あるいは経営者自身の人徳なり熱意、そういったものをみなが得心して権威として認めるようになれば、物事が能率的に治まっていく。今日では権力というものを否定する風潮が強く、さらにそれが進んでいい意味の権威までも認めないような傾向もみられるが、それはかえって非能率を生むものであるとも言えるのではないだろうか。

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なんか、同じような事を何回も言ってますねえl。 まぁ、後からいろんなお話を集めたからだけど、松下幸之助氏は結構しつこいのかなぁ。

成功するまで続ける

11月16日のお話 「成功するまで続ける」

何事によらず、志を立てて事を始めたら、少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうに物事を成し遂げていくことはできない。

世の中は常に変化し、流動しているものである。一度は失敗し、志を得なくても、それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、周囲の情勢が有利に転換して、新たな道が開けてくるということもあろう。世に言う失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。最後の最後まで諦めてはいけないのである。

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失敗しない秘訣は、成功するまであきらめない。
と当たり前の事なんだけど、この当たり前がなかなかできないですねぇ。

自分の働きの価値は

11月15日のお話 「自分の働きの価値は」

皆さんは自分の働きの価値というものをどのように考えているでしょうか。かりに月給が十万円の人であれば、十万円の仕事をしたのでは会社には何も残らないことになります。私は自分が十万円もらっていれば、少なくとも三十万円、できれば百万円ぐらいの仕事をしなくてはいけないと考えます。そうすれば会社に金が残ります。その金は会社だけでなく社会へ還元されるわけです。会社から十万円もらって八万円の仕事をしていたなら、会社は二万円損ですから、そういう人ばかりだと、その会社は潰れてしまいます。会社に働く者としては、そういうことを絶えず頭に置いておく必要があると思います。

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新入社員の時に、「自分の給料の3,4倍ぐらい働いてもらわないとね」と言われたような気がするなぁ。
そんときには、「3,4倍でいいの?」と思ったけど。
また、「部長がいつも遅くまで残ってるんだから、川田君もたまには遅くまでいるように」なんて言われました。

自分を戒めるために

11月14日のお話 「自分を戒めるために」

松下電器では、昭和八年に“遵奉すべき五大精神”を定め発表して以来、毎日の朝会で唱和している(十二年に二精神を加え七精神)。これはもちろん、社員としての心がまえを説いたものであるが、それと同時に私自身を鞭撻するためのものである。みんなで確認しあった使命であっても、何もなければついつい忘れていきがちになる。だから毎日の仕事のスタート時にかみしめる。言ってみれば自分への戒めである。

人間は頼りないものである。いかに強い決意をしても、時間がたてばやがてそれが弱まってくる。だからそれを防ぐためには、常に自分自身に言い聞かせる。自分に対する説得、戒めを続けなければならない。

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7日前 : なんかやる気ゼロ!

6日前 : でもがんばろう!

5日前 : でもやっぱ、やる気ゼロ!

4日前 : でもやっぱり気分持ち直してがんばんないと!

3日前 : またやる気ゼロだ!

2日前 : なんとか思い直してやらないと!

1日前 : あーまたやる気ゼロ!

こんな毎日かなぁ。

部下に使われる

11月13日のお話 「部下に使われる」

一般に、形の上では指導者が人を使って仕事をしているようにみえるが、見方によっては指導者の方が使われているのだとも言える。だから、口では「ああせいこうせい」と命令しても心の奥底では、「頼みます」「お願いします」さらには「祈ります」といった気持を持つことが大事だと思う。そういうものを持たずして、ただ命令しさえすれば人は動くと思ったら大変なまちがいである。指導者は一面部下に使われるという心持を持たねばならないのである。こうした心境があって、はじめて部下に信頼される大将になり得るのである。

特に大きな組織、集団の指導者ほど、この心がまえに徹することが必要だと言えよう。

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「俺たちががんばんないとだめだなぁ」と思わせておいた方が、みんなのモチベーションがあがっていいと思うけど。
その方が、ちょっとした事でも上司がきちんとやると、「おっ、やっぱちゃんとやるんだな」と思ってくれたりして。

立場を交換する

11月12日のお話 「立場を交換する」

たとえば経営者と労働組合、与党と野党の関係など、社会では対立して相争うという姿が各所に見られる。その結果、精神的にいがみ合いがあるばかりでなく、物事の円滑な進行が妨げられ、そこから大きなロスが生まれている。

そういう傾向になりがちなのは、やはりそれぞれが自分の立場中心にものを見るからではないだろうか。自分の立場中心に考えれば、どうしても自分というものにとらわれてものの見方がせまくなり、全体が見えにくくなってしまう。だからときに相手の立場にわが身を置く気持で、お互いの立場を交換して考えてみてはどうか。そうすることによって相互の理解も深まり、合意点も見出せるのではないだろうか。

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いっその事、一時的にそう入れ替えしてもおもしろいかもしれませんね。

与党と野党を入れ替えるとか、先生と生徒入れ替えるとか、上司と部下と反対にしてみるとか、親と子供入れ替えるとか、総理大臣を一般公募するとか、おもしろいかもなぁ。
そうすると、お互い文句いわなくなるかもしれませんね。

企業は儲けるべし

11月11日のお話 「企業は儲けるべし」

企業というものは、終始一貫、どうすれば合理化できるか、どうすればムダな経費が省けるかと、一生懸命汗を流し、工夫し、そして苦心惨憺してやっと一定の利益を上げているのです。そして利益の大半を税金として納めています。企業も国民も、みんなが働いてプラスを生んで、税金を納めているから国の財源ができるわけです。どこも儲けなければ、税金もおさめられない。とすれば国の財源はどこから集め得るのでしょうか。

企業は儲けてはいけないということであるなら、経営は簡単です。努力もいらなければ創意工夫もしなくていいのですから。それで国が成り立っていくのであれば何も苦労はいりません。

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そりゃそうですよね。 そして経営者が一番給料とらないといけないと思うけど。
経営者がこけたら、みんなこけますよねぇ。

商品の段位を高める

11月10日のお話 「商品の段位を高める」

いま、新しい開発商品が十品できたとします。十品とも碁や将棋にたとえると、初段の資格がある、いわゆる一人前の商品として一応は売れていくわけです。しかし、そのうちのどれか、これというものを取り上げて、一品くらいは永遠に名人として残っていく、という姿を生み出すことができないものかと思います。

今までの姿には、新製品ができて少し日がたつと、もう旧製品として消えていくのが当たり前、という考え方がありました。しかし初段のものを今度は二段にする、三段にする、四段にすることによって名人までもっていく。そういうことをたえず考えていく必要があると思うのです。

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これは今も、バージョンアップという形でいろんな商品がありますね。
映画もそうだなぁ。最初から、パート2、パート3を考えて作ってるのもありますね。
だんだん質が落ちていくのもあるけど。。。

利害得失にとらわれない

11月9日のお話 「利害得失にとらわれない」

利害得失を考えることは、ある程度やむを得ないけれども、あまりそれにとらわれすぎると、自分の歩む道を誤ることにもなりかねない。

学校を選ぶにしても、卒業して仕事を選ぶ場合でも、そうである。誰もが給与とか待遇のことを先に考える傾向があるが、やはり、自分には何が一番適しているだろうかということを、よく考えるべきだと思う。
必ずしも大会社へ行ったから幸せかというとそうとばかりは言えない。人によっては、中小企業へ勤めてかえって用いられ、人生の味というか、アヤを知る尊い体験ができて、人間としても成長するということが往々にしてあるからである。

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いつも思うけど、自分には何が適してるんだろう?

ふりこの如く

11月8日の話 「ふりこの如く」

時計のふりこは、右にふれ左にふれる。そして休みなく時がきざまれる。それが原則であり、時計が生きている証拠であると言ってよい。

世の中も、また人生もかくの如し。右にゆれ左にゆれる。ゆれてこそ、世の中は生きているのである。躍動しているのである。

しかし、ここで大事なことは、右にゆれ左にゆれるといっても、そのゆれ方が中庸を得なければならぬということである。右にゆれ左にゆれるその振幅が適切適正であってこそ、そこから繁栄が生み出されてくる。小さくふれてもいけないし、大きくふれてもいけない。中庸を得た適切なふれ方、ゆれ方が大事なのである。

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パットン大将は、「人の評価は、どこまであがれるかではなく、底まで落ちたときに、どれだけ跳ね上がれるかによる」 と言ったそうです。
振りこより、もっともっと戻らなければならないですね。

見る前に察する

11月7日のお話 「見る前に察する」

不当な競争は断じていけませんが、正常な競争には進んで乗りださなければ、進歩がありません。またその競争には勝たねばなりません。

その場合、問題は相手の差し手を、それが形に表われないうちに感じることができるかどうかにあります。相手の企画が商品として市場に出てきてから、あれはいいな、うちでもやろうか、では遅いのです。まだ目に見えないものを、なんとなく感じる。むずかしいがそれをやるのが競争に勝つ経営というものです。ましてや相手の商品を見てすぐに手を打つならまだしも、それが売れ出してやっとみこしを上げるようでは“後手”にまわるもはなはだしいと言うべきです。

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娘は来年、学校に行くのですが、こちらの学校では、3時に終った後チェスのクラスに入れる事が多いそうです。 チェスを学ぶと、辛抱強くなったり、戦略的な考えができたりするからだそうです。 でも、共働きの親が多いので、託児所より安いチェス教室に入れるというのも一つの理由みたいです。

うちも娘をチェス教室にいれようかなぁなんて考えています。 頭よくなるかな?
相手の出方を勉強するには、スポーツもいいかもしれないなぁ。

部下のために死ぬ

11月6日のお話 「部下のために死ぬ」

経営者に求められるものはいろいろありましょうが、自分は部下のために死ぬ覚悟があるかどうかが一番の問題だと思います。そういう覚悟ができていない大将であれば、部下も心から敬服して、ほんとうにその人のために働こうということにはならないでしょう。経営者の方も、そういうものを持たないと、妙に遠慮したり、恐れたりして社員を叱ることもできなくなります。それでは社内に混乱が起こることにもなってしまいます。

ですから、やはり経営者たるものは、いざというときには部下のために死ぬというほどの思いで、日々の経営に当たるのでなければ力強い発展は期し得ないと思うのです。

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前に友人から、「もし今、お客様から預かった大金をもってて、強盗に襲われたら、お金を守るために死ねますか?」 と聞かれました。
「やだよー、お金捨てて逃げる!」 なんて答えたら、 「現実的だなぁ、お客のために死ねたらかっこいいじゃない。」 と言われました。

お客の為にも死ねるほどじゃないとダメかな?

大器晩成ということ

11月5日のお話 「大器晩成ということ」

よく世間では、あの人は大器晩成型などと言いますが、その場合はどちらかといえば、あまりほめたようには使わないことが多いようです。つまり、いまはまあまあだけれども、そのうちになんとか一人前になるだろう、といった調子です。しかし私は、この大器晩成というのは、もっと大事な意味を持っているのではないかと思うのです。

真の大器晩成型というものは、人生は終生勉強であるという考えを持って、ウサギとカメの昔話のカメのように、一歩一歩急がずあわてず日々精進し、進歩向上していく姿ではないかと思います。そういう姿をめざすことがお互いに大切だと思うのです。

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自分は大器晩成型だな。 と言い聞かせてがんばってます。

昨日は、祭日でした。 なんの祭日かというと、オーストラリア最大の競馬、メルボルン・カップの祭日です。
数年前から日本馬も健闘していて、前年はついに日本馬が、1,2着でした!
普通は、メルボルン周辺のみお休みですが、数年前から、他の都市もお休みになるところが増えてきたようです。
競馬で祭日になるのも、オーストラリアぐらいかなぁ。

職種と適性

11月4日のお話 「職種と適性」

文化が進むと職種が増え、自分の好む職種というものが、だんだんと選びやすくなってきます。そしてそこに生きがい、働きがいが求めやすくなってくるだろうと思います。しかし、今日のところは、まだ十分でなく、この仕事はあまり自分には適していないが、まあこれで甘んじていようかという場合もあると思います。けれども昔からみると、非常に恵まれています。

そう考えてみると、今日に生きるわれわれは、非常に幸せだと思います。自分の好む仕事を求めやすい時代です。こういう時代に生まれながら、もしも仕事に生きがい、喜びを感じないというのであれば、それは原則として許されないことになると思うのです。

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正社員の仕事が見つからない人もいるし、パートタイムさえ探せない人からみれば、仕事があるだけいいかな。
しかも、月ー金の9時ー5時の仕事だし。 文句言うのはやめよー。

日本人としての自覚と誇り

11月3日のお話 「日本人としての自覚と誇り」

“国破れて山河あり”という言葉があります。たとえ国が滅んでも自然の山河は変わらないという意味ですが、山河はまた、われわれの心のふるさととも言えましょう。歴史に幾変転はあっても、人のふるさとを想う心には変わりはありません。この国に祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神もまた変わることなく、お互い人間の基本的な心構えであると思います。

われわれは日本という尊いふるさとを持っています。これを自覚し誇りとし活動する、そこにはじめて、お互いに納得のいく動きが起こるのではないでしょうか。日本人としての自覚や誇りのないところには、日本の政治も経済もないと思うのです。

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オーストラリアに永住してから、ふるさとはもちろん日本になったのですが、最近特に日本人に生まれてよかったなぁと思います。 食べ物も美味いし、四季もあるし、こちらでも日本の食や文化やアートなどいろいろなものが取り入れられています。 

胸をはって、僕は日本人ですと言えるからいいですね。 出身国を言いたくない人もいるようです。 僕の友人は、名前からすぐに宗教なんかがわかってしまうので、名前を変えた人もいました。 出身国はそのまま平気で話していましたけど。 また職場では、台湾人ですが、日本名の方がかっこういいからって事で、林と言う姓に変えた人もいました。 なんで林なのかよくわかりませんが。。。

まぁ、オーストラリア人に生まれても悪くなかったかな、とは思いますが、それ以外だったらやっぱり日本人がいいですね。

生産者の感激

11月2日のお話 「生産者の感激」

私が昔、直接生産に従事していたとき、新しい品物を代理店へ持参して見せると、「松下さん、これは苦心された品ですね」と言われたことがあります。こう言われたとき、私は無料で進呈したいと思ったほど嬉しかったのです。これは高く売れて儲かるという欲望的な意識でなくて、よくぞ数ヵ月の造る労苦を認めてくださったという純粋な感激だったのです。

こうした感激は、常に自分の魂と至誠を製品にこめる者のみが味わい得るものだと思います。そしてそのような喜びに全社員がひたりつつ生産してこそ、確固たる社会信用を獲得することのできる製品を生み出すことが可能になるのではないでしょうか。

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この話とは全然関係ないのですが、オーストラリアに来てから花粉症になりました。
日本では大丈夫だったのですが、ここは自然がありすぎるのかなぁ?
今年は特にひどく、ちょっとくしゃみ、鼻水、目の痒み以外に、喘息気味な咳がでるようになりました。

オーストラリアではマスクはしないし。。。 してるとすごく変な目で見られます。 そういえば、サーズ菌が騒がれた時に、飛行機から日本人観光客が全員白いマスクして降りてきた時は、空港の人たちはビックリしていました。 よけい、菌をもってそうで近づきたくないなぁ、なんて話している人もいました。

あーでも、本当に花粉症は大変です。 今度、医者いってこよう。

人の世は雲の流れの如し

11月1日のお話 「人の世は雲の流れの如し」

青い空に、ゆったりと白い雲が流れていく。常日ごろ、あわただしさのままに、意識もしなかった雲の流れである。速くおそく、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひとときも同じ姿を保ってはいない。崩れるが如く崩れざるが如く、一瞬一瞬その形を変えて、青い空の中ほどを、さまざまに流れてゆく。

これはまさに、人の心、大のさだめに似ている。人の心は日に日に変わっていく。そして、人の境遇もまた、きのうときょうは同じではないのである。喜びもよし、悲しみもまたよし、人の世は雲の流れの如し。そう思い定めれば、そこにまた人生の妙味も味わえるのではないだろうか。

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諸行無常 諸法無我

僕は毎日考えが変わるから、かわりすぎかな?

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