毎日一話

宇宙は僕の為にまわっている - そしてあなたはそれを手伝っている - 宇宙はあなたの為にもまわっている - そして僕はそれを手伝っている     Go with the flow.......

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プロフィール

川田 倫久

Author:川田 倫久
オーストラリアに永住し、ずっと観光業をしていたが、中年のオッサンになってから、IT関係に転職。





6月30日 健康法はなくても…

「健康法はなくても……」

私は若い頃から病弱であったが、戦中戦後の無我夢中で働かざるを得ない時期を経て健康体になり、いまもまだ元気でいられる。健康法と言えるものは何もないといっていい私にとって、これは考えてみればまことにありがたいことだし、ほんとうに不思議なものだと思う。

しかし、これまでの歩みを振り返ってみると、私は、一つの仕事が成就すると、またすぐ次の仕事をと、たえず目標を持って努めてきた。いま静かに思うと、その繰り返しの中に張り合いがあり、そこにいわば死ぬに死ねないとでもいうか、一種の緊張感がみなぎっていた。そこに生きる張り合いを感じ、毎日を過ごしてきたように思うのである。

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死ぬ気でがんばるよりも、「こんな事で死んでたまるか!」 の方がいいな、やっぱり。

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6月29日 諫言を聞く

「諫言を聞く」

指導者が物事を進めていくに当たって、みなからいろいろな意見や情報を聞くのは当然の姿である。そしてその場合、大事なのは、自分にとって都合のいいことよりも、むしろ悪いことを多く聞くことである。つまり、賞賛の言葉、順調に進んでいる事柄についての情報よりも、“ここはこうしなくてはいけない”といった諫言なり、悪い点を指摘する情報を努めて聞くようにしなければならない。
ところが、そうした情報はなかなか指導者の耳に入ってきにくいものだ。だから、指導者はできるだけ、そうした諫言なり、悪い情報を求め、みながそれを伝えやすいような雰囲気をつくることが大切なのである。

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指導者はアホな振りをするほうがいいかも。 「何言ってるんですかぁ、そうじゃなくて、この方がいいですよ!」 という風に意見が言いやすくなると思います。 まぁ、ボケてる僕の言い訳。

6月28日 身も心も、そして財産も

「身も心も、そして財産も」

人間、将来のことはわからないけれども、少なくともいま現在のあなたは、入社した動機はどうあるにせよ、一応生涯をこの会社に託そうと決心して、身も心も会社に打ち込んでいると思う。

そこで、さらに一歩進んで自分の財産までも打ち込めないものかどうか。たとえば極端に言うと、全財産をはたいてあなたの会社の株にかえるような、心がまえとしては会社と心中するくらいの気持であってほしいと思うのである。そういう心がまえであれば、必ずや仕事の成果というものは非常に上がるであろうし、またそういう姿は、会社からも周囲からも高く評価されると思うのである。

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こういう人は、もういなさそうですね。 働き始めて3日で来なくなって、電話もでないしおかしいなーと思っていたら、電話に「3日分の給料はここに振り込んで下さい」と口座の詳細が入ったメールが届いていた、とどこかの社長さんがテレビで話していました。



6月27日 策を弄する

「策を弄する」

世の中には、事をなすに当たって、いろいろ策を弄する人があるようです。「弱肉強食は世の習い」とかで、ボヤボヤしていたのでは激烈な生存競争に敗北してしまうということから、何としても人より一歩でも先んじたいという気持が嵩じて「策を弄す」ことになるのかもしれません。しかし、こうした小細工は自然の理に背く場合が多く、結局成功することも少ないのではないかと思います。

「策を弄する」とは、私は智恵才覚をもてあそぶことだと思います。智恵才覚は人間に与えられた偉大な特質ですが、これはあくまでも正しい目的のためのみに使われるべきもので、よこしまな策謀に使ってはならないと思うのです。

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個人的には直球のみで勝負したいのですが、ひたすら直球を投げ続けた後に、相手の裏をかいて、フッと変化球をなげるのも、よこしまな策謀かなぁ?

6月26日 冷静な態度

6月26日のお話 「冷静な態度」 より

人間というものは誰しも、困難に直面すると恐れたり、動揺したりするものである。指導者とても人間だから、ときに不安を感じ、思案に余るのは当然であろう。しかし、内心で感じても、それを軽々に態度に出してはいけない。指導者の態度に人は敏感なものである。それはすぐ全員に伝わり、全体の士気を低下させることになってしまう。

だから、指導者たるものは日ごろから事に当たって冷静さを失わないようにみずから心を鍛えなければならない。そして、どんな難局に直面した場合でも、落ち着いた態度でそれに対処するよう心がけることがきわめて大切だと思うのである。

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武道でも、同じ型を何百回、何千回、何万回と続けていると、いざとなった時でも体が覚えているので、ストレスなしに落ち着いて自然に動けるそうです。

6月25日 報告する

「報告する」

何か問題が起こったという場合はもちろん、何事もなかったときでも、何もなかったのだからそれでいい、と考えるのではなく、まず報告する。また、それがいい結果であったら、それはそれで報告する。そうすると、報告を受けた方も「それは結構やったな」と非常に愉快になるし、安心もします。
打てば響くというか、以心伝心というか、肝胆相照らす仲であれば、命じた人の気持を察して必ず報告するものです。そのちょっとした心がけから信頼感も生まれてくると思います。

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前のチームはミーティングが週に一度ありました。 その前のチームは毎日短いミーティングがありました。 今度の新しいところは、ミーティングが全然ありません。 上司とは普通に会話はしますが、特に仕事については問題がなければ特に話しません。 信頼してるのでしょうが、なんかちょっと変な感じです。 新しいチームは、まだ移動して6週間ぐらいなので、もうちょっと様子を見てみます。

6月24日 歴史の見方

「歴史の見方」

私は最近、お互いの歴史に対する態度の中に、何か人間の醜さとかそういったウラの面を強調しすぎている面があるのではないか、ということが気になっている。

今日の姿をつくっているのは歴史である。そして今後の歴史というものは、われわれが、祖先が営々と努力を積み重ね前進してきた姿なり、子孫に残した遺産なりをどのように受け取り、生かすかによって変わってくるのである。そういう意味から、歴史の長所短所そのままを認識し、いい面はどんどん伸ばしていかなくてはならない。興味本位にこれを扱うことなく、もっと美しい面も同時に見るようにしたいと思うのである。

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最近イスラム教のコーランの日本語訳をちょっと読みました。 罰を与えるところは、ちょっと残酷なところもありますが、イスラム教徒の知り合いに聞くと、ちゃんと歴史的な背景があって、いちがいに残酷なだけとは言えない事がわかりました。 まだちゃんとした法律などがなかった時代なので、納得のいく説明でした。 まぁ、でも、イスラム教徒の彼がコーランの悪口はいわないと思いますが。

6月23日 中小企業の強味

「中小企業の強味」

世間ではとかく中小企業は弱いと言います。しかし私は、中小企業ほど人がその能力を十分発揮しつつ働きやすいところはないと思うのです。従業員が二十人とか五十人ということであれば、お互いの気心や動きがよくわかって、打てば響くすばやい活動ができやすいのです。

つまり、かりに大企業では個々の人の力を七十パーセントぐらいしか生かすことができなくても、中小企業は百パーセント、やり方によっては百二十パーセントも生かすことができるわけです。

そういうところに、中小企業の一つの大きな強味があるように思います。その強味を積極的に生かしていくことが、きわめて大切ではないでしょうか。

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今いるところは大きな組織なので、それはもう、1つの事を決めるのにやたらと長い時間がかかります。 人事も1人採用するだけで、応募をだしてから最低は半年ぐらいかかります。 1年以上かかるときもあります。 長すぎる。。。 それで力は100パーセント以下になっているよな気がする。。。

6月22日 知識はあっても……

「知識はあっても……」

先般、あるお店で、金庫の扉がガス溶接機で焼ききられて、中から金を盗まれた、という事件がありました。ガス溶接の知識を利用して扉を溶かしたわけです。そういう泥棒がいるのです。
知識はいくら持っていても、人間の心、すなわち良心が養われなければ、そういう悪い方面に心が働き、知識はかえって仇をなす、というような感じがします。

今日、新しい知識がなければ生活にこと欠くというくらい知識は大事なものです。それだけに、知識にふさわしい人間、人心というものを育てることが非常に必要なことではないかと思うのです。

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娘の小学校は5年生から、簡単な性教育が始まっていました。 オーストラリアの全部の学校がそうとは思いませんが、最近はほとんどそうじゃないかなぁと思います。 性行為の低年齢化が進んできたのがその理由だそうです。

まぁ、もちろん、そのころから男女の体の差が出てくるので教えること自体はいいと思いますが、それでもちょっと性教育は早いんじゃないかなぁとも思います。 それか、教えるんだったら、もっと詳しく教えないと、さわりの部分だけ教えると、さらに興味がわいて変な知識がつくんじゃないかなぁと思います。 まだいらないような知識がついたので、子供たちの中では、今まで知らなかったマスターベーションをちょっと試してみた、なんて子もいたようです。

うちの娘は何でも聞いてくるので、中途半端な知識のままいろんな事を聞いてきて、ちょっと返答に困ったときもありました。。。笑 でも、親にそういう事をオープンに質問してくるきっかけとなったのはよかったと思うけど。

6月21日 事業は人なり

「事業は人なり」

「事業は人なり」と言われるが、これは全くその通りである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかにりっぱな歴史、伝統を持つ企業でも、その伝統を正しく受けついでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果も上がらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。 

企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるとも言える。

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これも痛い話だなぁ。 個人企業も大企業も同じだろうけど、人事関係が一番大変だろうなぁ。 まぁ、僕が経営者だったときは、僕自身が未熟だったので結構スタッフには助けられました。 それと、ちゃんとした信念がなかったな。 反省。。。

6月20日 言うべきを言う

「言うべきを言う」

部下を持つ人は、自分一人だけの職務を全うすればいいのではなく、部下とともに仕事の成果全体を高めていかなくてはなりません。そのためには、やはり部下に対して誠意をもって言うべきことを言い、導くべきことは導いていくことが大切です。

注意すべきときに“注意したら文句を言ってうるさいから”というようなことを考えて、言わずに放っておくというようなことではいけません。部下がなすべきことはやはり毅然として要求し、そしてそれを推進していくということに対しては断乎としてやらなければならない。そういうことをしない上司には、部下はかえって頼りなさを感じるものです。

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僕はあまり厳しくしなかったので、頼りなかったかも。 導いてもいなかったなぁ。 ちょっと任せっきりでした。 これからは気をつけよ。

6月19日 美と醜

「美と醜」

私の宅の近くに水のきれいな池がある。水面に周囲の樹々の姿を映し、まことに風情がある。ところがこの池がひところ雨が降らなくて、底の大半を露出してしまうまでになった。映すべき何物もなく醜い底を露呈す るばかりである。美の反面には醜がある――そんな思いである。

お互い人間も、これと同じことではなかろうか。美と醜とが相表裏しているところに、人間の真実がある。とすれば、美の面のみにとらわれて、その反面の醜を責めるに急なのは、人間の真実というものを知らないもので ある。暖かい寛容の心を持って接し合うことが、お互いに明るく暮らすための、一番大事なことではなかろうか。

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人間は矛盾しいるところがいっぱいあると思います。 白黒でわけわれる部分より、グレーの部分が多いかも。

6月18日 上には上がある

「上には上がある」

剣術でも、習い始めて少しうまくなってくると、みんなが自分より弱く見えて、太刀さえとれば自分が勝つように思う。しかしその域を脱すると、自分もまあ相当修業できたかもしれないが、しかし上には上がある、自分より上の人がたくさんいるということがわかってくるから、自然謙虚な心持になり、その人たちを手本としてその本質を究めようとします。

経営もこれと同じで、経営者としての経験を積めば積むほど、経営というものの幅の広さ、奥行きの深さがわかってくるものです。常に、もうこれでいいというのではなく、よりよき方法、よりよき道を求めるという姿勢が 大切だと思います。

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習い事をしていると、「あ、これでできたかな?」 と思うときがあるけど、先生から、「じゃぁ、今度はここをちょっとこう言う風に。。。」とか言われると、すごい微妙でほとんど変わってないような気もするけど、「おー、なるほど!」と思うときがあります。
やっぱり、なんでも奥が深い。

6月17日 孤立化を防ぐ

「孤立化を防ぐ」

今日の日本が世界の中で、ふたたび孤立化する傾向があるとするなら、それはみずから招いているのである。つまり、それは日本なり日本人が置かれている立場、実態を知らないところからきている。

だから、われわれは、まずすべての国、すべての人びとが、日本と仲よくしてくれているからこそ自分たちは生活できるのだ、という自覚認識をすることが大事であろう。その自覚からは、みんなの世話になっているという 謙虚な気持がおのずと出てくる。そうなれば、事は半ば解決するといってもよい。そういう思いを持つなら、みずから孤立化を招くような態度は決して出てこないと思うのである。

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どこかで、卑弥呼や聖徳太子の外交からも学んだほうがいいと聞いたことがあります。 どんな外交かな?

外国に住んでいると日本の事は全然わかってないな、という人に出会います。 日本の公用語はなんですか?とか、温泉は全部混浴でしょ?とか。 でも、ここ最近は日本へ行ったことのある人と結構会います。 スキーに行く人も多いし、日本が観光地として世界でも人気が上がってきたのは良い事だと思います。 京都もたしか、世界で行きたい所の1位か2位になっていました。 まぁ、観光客が増えると、それだけいろいろな問題もでてくるでしょうが。。。


6月16日 常識を破る

「常識を破る」

私たちを取り囲んでいる常識というものは、想像をはるかに越す根強さを持っています。しかし私たちは、その常識を尊ぶとともに、ときには常識から自分を解放することが必要だと思います。そしてそのためには、や はり強い熱意が要請されます。熱意のたぎっているところ、人は必ず新しい道を開きます。常識では考えられないことをやってのけ、運命を切り開き、新しい発明発見をします。常識を破るのです。
常識は大事であり、破るがために常識をはずれたことをするのは、世の中を乱し、周囲に迷惑を及ぼすだけです。そうではなくて、熱意の発するところには、次つぎと新しい着想が生まれ、必然的に常識が破られて いくのです。

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あるところで常識であっても、違うところでは常識じゃないときもあるので、常識は他の人や自分自身がそう思っているだけで、実は常識なんて物はないのかもしれません。

6月15日 批判はあとでよい

「批判はあとでよい」

賢い人は、ともすれば批判が先に立って目前の仕事に没入しきれないことが多い。このためせっかく優れた頭脳と知恵を持ちながら、批判ばかりして、結局は簡単な仕事も満足にできないことがある。ところが逆に 、人が見ればつまらないと思われるような仕事にも「バカの一つ覚え」と言われるぐらいに全身全霊を打ち込む人がいる。この姿は全く尊く、見ていても頭が下がる。

仕事に成功するかしないかは第二のこと、要は仕事に没入することである。批判はあとでよい、とにかく一心不乱になることだ。こうした努力は必ず実を結ぶと思う。そこからものが生まれずして、いったい、どこから生 まれよう。

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とにかくやらなくてはならない事をやらないとねぇ。 やる前からいろいろ聞いたり、意見を言ったりする人がいます。 それはそれで良いと思いますが、とりあえずやり始めれば、聞こうと思ってた事や、おかしいなぁと思ってた事が、わかってくる事もあると思います。

6月14日 サービスできる範囲で商売を

「サービスできる範囲で商売を」

どんないい商品があっても、サービスがそれに伴わなかったら、これはお客様にほんとうに満足していただけないと思います。むしろ、サービスに欠けるところがあったならば、お客様の不満を招き、かえって商品自体の 信用を落とすことにもなりかねません。だからサービスとは、ある意味では製造なり販売に優先するほどのものだとも考えられます。

サービスというものは、どんな商売にもつきものであり、したがっていかなる場合でも、完全なサービスのできる範囲で商売をしていくことが大切だと言えます。そういう経営の姿勢からこそ、堅実な商売の発展がもたら されてくると思うのです。

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僕はいろいろ手を出しすぎて、全部に十分力をそそげなかったので失敗しました。 
反省。。。

6月13日 寛厳よろしきを得る

「寛厳よろしきを得る」

指導者はいわゆる寛厳よろしきを得ることができるよう心がけることが大事だと思う。
やさしさばかりでは、人々は安易になり、成長しない。厳しさ一方でも、委縮してしまい、のびのびと自主性を持ってやるという姿が生まれてこない。だから寛厳よろしきを得ることが大切なわけであるが、ただこれは、厳しさと寛容さを半々に表わすということではない。厳しさというものはなるべく少ない方がいい。二十%の厳しさと八十%の寛容さを持つとか、さらには十%は厳しいが、あとの九十%はゆるやかである、しかしそれで十分人が使えるというようなことが一番望ましいのではないだろうか。

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以前の自分のブログをみたら、こんな事が書いてありました。

以前、動物園のシャチに芸を教えている本を読んだ事がありますが、シャチには厳しくしないで、と言うよりどうしても力では人間の方が弱いので、褒める事だけをして教え込むそうです。芸をできない時は無視して、できた時はものすごく褒めるそうです。それを根気よく続けるとりっぱな芸人(芸シャチ)になるそうです。

でも、盲導犬の話を聞いた時は違っていました。うまくできた時はものすごくかわいがりますが、できない時は、蹴っ飛ばして教えるそうです。蹴っ飛ばしすぎて、ゲロを吐く犬もいるので可愛そうですが、そうやって教え込むそうです。

人間の場合はどうかなぁと考えたとき、やっぱり松下氏の考え方がいいですね。でも、子供だったらシャチのようによくできたときだけ褒める、というのもいいかも。

6月12日 公明正大

「公明正大」

後漢の時代に、高潔をうたわれた楊震という政治家がいた。この人がある地方の太守として赴任していったところ、たまたま以前に引き立ててやった王密という人が夜分に訪ねてきて、大枚の黄金を揚震に贈ろうとした。楊震が受けとるのを断わると、王密は「こんな夜中で、この部屋には私たち二人しか居ないのですから、誰にもわかりませんよ」と言った。そのときに揚震は「誰も知らないと言うが、君と私自身が知っているではないか」こう言ったという。
他人が知っているということよりも、まずみずからの心に問うて、やましいところがないか、公明正大であるかということが大切だと思うのである。

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このお話をよんでいたら、「自己中心になるな!他の人たちの事も考えろ!」という人にかぎって、その「他の人たち」と言うのは、実はそう言っている本人の事をさしていることが多いのを思い出しました。 言ってる本人が自分を中心に考えて、他人が気にくわないからそうなるんですよね。

6月11日 小田原評定では……

「小田原評定では……」

多くの会社では決起大会をやり、反省すべき点や、今後の目標を確認しあいます。しかしそれも、こうしなければならないということはわかった、というだけではいけない、実行がなければいけません。実行ができない限りは、百の決起大会を行っても、それは費用を使うだけ、時間を使うだけに終わってしまいます。
昔の話に小田原評定ということがあります。大軍が攻めてくるということに対して、小田原城の人は、評定に明け評定に暮れてついに負けてしまったという話です。それではいけない、評定は一回でよい、あとは実行だ、そうしてこそ、はじめて成果をあげられるのです。一にも実行、二にも実行です。

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有言実行

6月10日 一千万円の時間

「一千万円の時間」

先日、知人から「息子があなたに会いたがっている、十分でもよいから会ってやってもらえないか」という依頼がありました。十分ぐらいだったらと会いましたが、後日その知人が、息子さんが「今日は一千万円儲かった」と、喜んでいたと言うのです。「松下さんの十分間は、それだけの値打ちがある」というわけです。
私にそんなに値打ちがあるとは思いませんが、その考えは偉いな、と感心しました。人の時間をさいて話を聞くとき、これをお金で評価する必要はないにしても、単に話を聞いただけでなく、その行為に感謝して、ある種の感慨を持たなければならないことを、私はこの二十五歳の青年に教えられました。

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そうですね。 聞くだけ聞いて何も言わない人もいるので。 さらに悪いのは、その人がちゃんと理解してなかったのを、こっちの説明が悪かったとか、そこまで聞いてないとか、後で文句を言ってくる人がいます。 アホかお前は! と言いたくなります。

6月9日 苦労を希望に変える

「苦労を希望に変える」

仕事のコツを体得するということは、決して楽なわざではないと思います。相当精魂を込めてやらなければならないと思うのです。それはやはり一つの苦労だと考えられます。しかし苦労であっても、それをやらなければ一人前になれないのだということを、青少年の間から、常に先輩に聞かされていますと、それは苦痛でなくなってくるのです。それは希望に変わるのです。ですから、そのコツを体得することに対して精魂をかたむけるということができてくると思います。そのように、いろいろむずかしい問題にも、心を励まして取り組んでいくところに、自己の完成というか、自己の鍛えがあると私は思います。

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もちろん苦労を希望に変えないと乗り越えにくいとおもうけど、僕はどちらかと言うと、どうやったら苦労しないで楽に乗り越えられるかな? と、いつも考えています。 良いのかな、悪いのかな?

6月8日 富の本質

「富の本質」 

時代によって富についての考え方も変わってきます。これまでは単に蓄積された物が富と考えられてきましたが、経済の進歩した今日では、その物を生産し得る能力、生産力こそが真の富だとも考えられます。
それでは生産力だけを増やせばいいかというと決してそうではありません。生産は必ず消費に相応じなければなりません。いくら生産しても、それが消費されなければ何の値打ちも持ちません。すなわち、消費力があればこそ、生産力があるのです。
したがって生産力と消費力のバランスをとりつつ増大させていくことが、富の増大であり、繁栄の道もそこから生まれてくると言えるのではないでしょうか。

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6月7日 部下が偉くみえるか

「部下が偉くみえるか」

会社の社長さんで、「どうもうちの社員はアカンワ。困っとんや」というように、自分のところの社員を悪く言われる方があります。ところが、そういう会社は必ずといっていいほどうまくいっていないのです。反対に「自分の部下はいい人間ばかりで、ほんとうに喜んでいるのだ」というような方のところは、みな成績も上がり商売もうまくいっています。
そういうことを考えてみますと、上に立つ人が自分の部下は偉いと思うか、それともアカンと思うかによって商売の成否が分かれてくるといってもいいように思います。そんなところに経営なり人使いの一つのコツとでもいうものがあるのかもしれません。

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昔ビジネスをやっている時に、「いやー、うちのみんなは文句言いながらも、まーがんばっていますよ。」 と、社外の人に謙遜もこめていったのですが、あとからスタッフに、「みんな素直にがんばってるんだから、文句言いながらなんて、言わないで下さいよー。」 としかられました。 「がんばっていると言っているところを聞いたほうが、うれしくなってもっとがんばりますよ。」 とも言われました。 そりゃそうですね。

6月6日 何事も結構

「何事も結構」

私は運命というものは不思議なものだと思います。人はみなそれぞれ志を立てるのですが、なかなか思い通りにいかないし、実現しにくい。希望とは逆の道が自分にピッタリ合って成功する場合もあるのです。だから私は、あまり一つのことをくよくよ気にしない方がいいのではないかと思います。世の中で自分が分かっているのは一%ほどで、あとは暗中模索。はじめから何も分からないと思えば気も楽でしょう。
とにかく人間にはさまざまな姿があっていいと思うのです。恵まれた生活も結構だし、恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持が大切だと思います。

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やっぱり楽天思考がいいと思います。 思い通りにならなかった時は楽だし。 それで、思い通りになった時はラッキー!

6月5日 商道徳とは

「商道徳とは」

商道徳とは何かということについては、むずかしい理屈もあるかもしれないが、ごく通俗的に考えれば、商売人としての心構えとでもいうべきものであろう。それは昔も今も同じであり、永遠に変わらないもののような気がする。つまり商売人には商売人としての使命がある。だから、その使命に誠実に従い、ひたすらこれを果たしていくということである。
私がやってきた電器屋であれば、人びとの役に立つものを開発する。しかも合理化をはかり、適正な利益をとりつつもなお、安くなるよう努める。また配給もできるだけムダをなくす。それが商道徳というもので、それは他のどんな商売にも言えるのではないかと思う。

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僕は値切ってくる人がきらいです。 だからこっちからも値切ったりはしません。 でも、まぁ、同じもので値段が安いものがあったら、安いほうを買うんですが。。。

6月4日 会社の歴史を知る

「会社の歴史を知る」

われわれは、事を成すに当たって、その事の成果を大事にすることはもちろんであるけれども、同時にその成果を生むまでの過程をも、もっと重視したい。そうすることによって、自然に謙虚さが生まれ、軽率な判断も避けられる。会社についても、今日ここにあるまでには、やはりいろいろの道程を廻って辿ってきたのである。喜びもあったし苦しみもあった。しかしどんなときも、お互いが心を結び合い、隠忍自重、絶えまない努力を続けてきたのである。そういう生い立ちなり道程については、ある程度は知っておきたい。仕事の知識もさることながら、会社の歴史についても理解を持つことが、やはり大切だと思うのである。

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会社の面接に行く時に、その会社の歴史も調べないで行く人がいると聞きます。まぁ、いいけど、自分の受ける会社のホームページぐらいはちょこっと見るべきだと思うなぁ。
結構昔に、ある女子大生から聞きましたが、彼女の友人が森永製菓に面接に行った時に、
「当社のCMで印象のあるものを言ってください。」と言われたそうです。
そこで、その友人は「チョッコレ〜ト、チョッコレ〜ト、チョコレ〜トは、、、」と歌いはじめ、あ!これは明治だった!と気付いたのですが、時すでに遅しで、しょうがなく、「チョコレ〜トは、モ・リ・ナ・ガ!」と締めたそうです。

6月3日 自然に学ぶ

「自然に学ぶ」

自然の営みには私心もなければ、とらわれもないと思います。言ってみれば文字通り素直に物事が運び、素直な形でいっさいが推移していると思うのです。一輪の草花にしても、私心なく自然に花を咲かせているのです。そういった花の姿をみて、もちろん何も感じない人もいるでしょう。しかし、素直な心になりたいという強い願いを持っている人の場合には、あるいはそこに何らかのヒントを見出すかもしれません。
そういうことを考えてみると、お互いが素直な心を養っていくための一つの実践として、大自然の営み、自然の姿というものにふれて、その素直さに学んでいくということも大切だと思います。

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自然と言えば、オーストラリアではパレオダイエットが流行ってきました。農作物を食べないで、石器時代の自然に戻り狩猟採集の食事をするそうです。
パレオカフェもできたので行ってきたけど、ケーキが売っていました。ケーキは小麦を使うんじゃなかったっけ?農作物だよなぁ。コーヒー豆だって農作物だし、とちょっと疑問を持ったのと、あまりにも値段が高かったので、そのまま帰ってきました。

6月2日 主座を保つ

「主座を保つ」

指導者というものは、どんなときでも、自分みずから、“このようにしよう” “こうしたい” というものは持っていなくてはならない。 そういうものを持った上で他人の意見を参考として取り入れることが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。
要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。主座を保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。

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以前6月2日のお話を書いたのは、8年も前でした。相変わらず年月の経つのは速い。その時の、コピペ。。。

今まで成功した人は、情熱や熱意を常に持っていたそうです。熱意は周りのひとにも伝染するので、何事も熱意をもって事にあたればその熱意に人が集まってきて、いろいろな人が助けてくれてうまくいくそうです。
熱意を保つ為にいくつか方法があるそうですが、ひとつは大きな声で話すことだそうです。

声は大きい方がいかもしれません。もちろん場違いなときは例外として。
以前、お店の販売員をしていた時、他の販売員より大きな声でお客様と話していたら、他のお客様も寄ってきて、みんな僕から買ってくれました。大きい声を出していたら商品知識が豊富で自身ありげに見えたのかもしれません。

6月1日 商売は真剣勝負

「商売は真剣勝負」

商売は真剣勝負である。真剣勝負では、首をはねたりはねられたりしているうちに勝つということはあり得ない。それと同じで、商売は、ときによって損もし、得もするが、それを繰り返しているうちに成功するものだ、などと考えるのは、根本的に間違っている。
熱心にやるからには、失敗なしに成功しなければならない。うまくいかないのは、環境でも、時節でも、運でも、何でもない。その経営の行き方に当を得ないところがあるからだと考えなければならない。真の経営者は、不景気に際して、かえって進展の基礎を固めるものである。
まず世間的な、信念のない考え方を改めることが大事であろう。

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今日からまた松下幸之助の一日一話を掲載再開! 毎日つづくかなぁ。。。

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