毎日一話

宇宙は僕の為にまわっている - そしてあなたはそれを手伝っている - 宇宙はあなたの為にもまわっている - そして僕はそれを手伝っている     Go with the flow.......

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プロフィール

川田 倫久

Author:川田 倫久
オーストラリアに永住し、ずっと観光業をしていたが、中年のオッサンになってから、IT関係に転職。





7月31日 自分自身への説得

「自分自身への説得」

説得というものは、他人に対するものばかりとは限らない。自分自身に対して、説得することが必要な場合もある。自分の心を励まし、勇気をふるい起こさねばならない場合もあろうし、また自分の心を押さえて、辛抱しなければならない場合もあろう。そうした際には、自分自身への説得が必要になってくるわけである。

私がこれまで自分自身への説得をいろいろしてきた中で、いまでも大切ではないかと思うことの一つは、自分は運が強いと自分に言い聞かせることである。ほんとうは強いか弱いかわからない。しかし、自分自身を説得して、強いと信じさせるのである。そういうことが、私は非常に大事ではないかと思う。

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社会科学者のエイミーカディがプリンストン大学にいた頃、、「自分はここにいるべき人間じゃない」と感じていて、指導教官のスーザン・フィクスに「辞める」と電話をしたそうです。 

そのときにスーザンは、{あなたは辞めない。私はあなたに賭けたんだから、いてもらう。あなたはここにいてやるべきことをやるの。できるふりをしなさい。やるように言われた講演をすべてこなし、ひたすらやり続けて、怖かろうが、脚がすくもうが、体外離脱を体験しようが、『ああやれている! 本物になったんだ! ちゃんとやっている』、そう思えるようになるまで続けるのよ」。 といわれたそうです。

そして「ふり」を続けているうちに、いつしか知らないうちにストレスも感じなくなったそうです。 「ふり」を続けていくには意思が強くないと難しいかもしれませんが、いい方法だと思います。

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7月30日 声をかけるサービス

「声をかけるサービス」

商売をしている限り、いつの時代でもサービスは大事ですが、中でも特に故障や不満のないときのサービスということが大事です。

だんだん暑くなってきて、扇風機がそろそろ要るようになる。そんなとき、ちょっと立ち寄って“去年の扇風機の調子はどうですか”と声をかける。また“お納めした品物の具合はどうでしょう”と聞いてみる。いわば“声のサービス”です。これは全くの奉仕で、それですぐどうこうというものではないでしょうが、ご需要家にしてみたらどんなに嬉しく、また頼りに思われることでしょう。そういうところに、商売をする者の真の喜びを感じ、尊さというものを自覚しなければならないと思うのです。

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数年前の同じお話をみたら、以前僕のところで働いていた女性スタッフは、いつもお得意様の近くを通ると用がなくても立ち寄って世間話をして行く。 そして、時々新しい仕事ももらって来る。 と書いてありました。

彼女はいつも明るい性格でしたが、結構ストレスを感じていたらしく、辞めるときには業界に戻りたくない、と言っていました。 僕はかなり頼っていて、仕事をまかせっきりにしていたので、可愛そうな事をしました。 今頃はどうしてるかなぁ。

7月29日 力の限度にあった仕事を

「力の限度にあった仕事を」

二、三人の人を使っての個人企業の経営者としては立派に成績を上げたけれども、十人、二十人と人が増えてはもうやっていけないという人もあろう。このことは、ひとり経営者についてだけでなく、部とか課の責任者、さらには一人ひとりの社員が仕事と取り組む上での心構えといった点で大事な教訓を含んでいると思う。

それは一言でいえば、お互いが自分の能力を知り、その上に立って自己の適性というか、力の限度にあった仕事をしていかねばならないということである。自分の能力を常に検討し、適性にあった仕事をしていくということになってこそ、自分自身、ひいては会社や世の中にも貢献することができると思うのである。

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地位が上に行けば行くほど、力の限度にあっていない仕事をしている人が多いような気がします。
部下の指導や教育が全然できない人でも平気で上に上がっていくようなきがするんだけどなぁ。。。 これは、オーストラリアだけかなぁ。 

7月28日 降格は公の心で

「降格は公の心で」

部長が適任でない場合どうするか、ということは非常に大事な問題である。日本の会社では、とりかえるということはむずかしいことである。だが、それはやらなくてはならない。やりにくいことをやらなければ物事は成り立たない。断乎としてやる勇気を持たなくてはいけない。

そういうときに、一つ勇気を出す方法がある。それは会社は個人のものではない、公のものである、だから個人の情において忍びなくても、公のためには変えなければならない、と考える。実際はそう理屈通りにはいかないが、そのような解釈を強く持つか持たないかによって、それが適切にできるかできないかという差がでてくるのではないだろうか。

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今働いているところで、人事の変更があったけど、2人のチームリーダーが横滑りで、新たに「えっ!」と思う人がリーダーになりました。 新しいリーダーはもちろん、仕事はちゃんとできるので適任なのですが、事情があってちょっとみんなビックリしました。
これも公の立場で考えたのだろうか? ちゃんと説明がないから、未だに何故かわかりません。

7月27日 人間の幸せのための政治

「人間の幸せのための政治」

私たちが決して忘れてならない大事なことは、政治は結局、お互い人間の幸せを高めるためにある、ということです。過去においては多くの人びとが政治によって苦しめられ、お互いの血を血で洗うということもありました。

しかし、そうした好ましくない姿は、政治の本来の姿ではない。政治は本来、お互い人間のそれぞれの活動をスムーズに進めることができるようなものです。それらの調整調和をはかり、共同生活の向上をはかって、一人ひとりの幸せを生み高めることをその使命としているのです。この“政治は本来、人間の幸せのためにある”ということを私たちはまず正しく認識しあう必要があると思います。

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昨日のお話のように私的欲望が入らないようにしないといけないんだろうけど、世界中の政治にかかわっている人はほとんどが私的欲望が優先だったりして。。。

7月26日 経営にも素直な心が

「経営にも素直な心が」

成功する経営者と失敗する経営者の間にある大きな違いは、私心にとらわれず、公の心でどの程度ものを見ることができるか、ということにあると思います。私心つまり私的欲望によって経営を行なう経営者は必ず失敗します。私的欲望に打ち勝つ経営者であってこそ、事業に隆隆たる繁栄、発展をもたらすことができると思うのです。

私の欲望にとらわれず、公の欲望を優先させるということは、言葉をかえれば、素直な心になるということです。そのように私心にとらわれず、素直な心で物事を見ることができるようにみずからを常に顧み、戒めることが大切だと思います。

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「花咲かじいさん」や「舌きりすずめ」の、よくばりじいさんのようになったらダメと言うことですね。



7月25日 三回ダメを押す

「三回ダメを押す」

新しい仕事をするときはよほど注意をしなければいけない。その仕事を進めていくとき、上長の人に承諾を得ても、実行するに当たっては、三回ダメを押したい。一度だけ「よろしいか」、「ああよかろう」と承認されても、それで事足れりとしてはいけない。そして後でうまくいかなかったときに、「あのときに上長のあなたが承諾したからやったのだ」というようなことを言うのは、言う方が間違っていると考えるべきだと思う。

一度はんを押してもらったからもうそれで事足れりというような考えでは、真に過ちのない、生きた仕事はできるものではないと思うのである。

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何度も上司に念を押すのはちょっとやりにくいけど、それとなく聞けばいいのか。 まぁ、それだけ念を押せ、ということですね。

7月24日 利害を超える

「利害を超える」

ある日、私のところに「自分の会社で造る製品の販売を引き受けてもらえないか」という話を持ってこられた人がいた。私はいろいろとその人の話を聞いてみて、この人はえらい人だなと思った。普通であれば、自分にできるだけ有利になるよう交渉する。それがいわば当たり前である。ところが、その人は「すベてをまかせる」という、自分の利害を超越した態度をとられた。私はその態度に感激し心を打たれた。

われわれはともすれば自分の利害を中心に物を考える。これは当然の姿かもしれない。しかし、それだけにそれを超越したような姿に対しては、心を動かされる。これもまた人間としての一つの姿ではないか。

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「まかせます」と言って、本当に全てをまかせられる人はすごい!
まかせといて、後で文句を言う人はおおいですからね。
僕は自分の娘にでさえ、なかなか全てを任せられないけど、今度からは「まかせる!」と言ってみよう。

7月23日 末座の人の声を聞く

「末座の人の声を聞く」

みなさんが長という立場に立って会議をする場合、一番若輩と言われるような人からも意見が出るということが非常に大切だと思います。そしてそのためには意見が出るような空気というか雰囲気をつくっているかどうかがまず問題になります。だから末座に坐っている人でも、遠慮なく発言できるような空気をつくることが、長たるものの心得だと思うのです。

そして、末座に坐っている人から意見が出たなら、葬ってしまうようなことをせず、喜んでそれを聞く謙虚さ、雅量というものを持つことが非常に大事だと思います。それを持っていないと、そのグループなり会社はうまくいかなくなってしまうでしょう。

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オーストラリアはこの点はほとんど問題ないですね。 結構誰でも気軽に意見を言っています。
ただ、話がうまいと、それでOKとなるところがあって、ちょっと困るのですが。。。口がうまいだけで、全然仕事ができない人もいるので。。。
反対に黙っていると、相手にされないような場合もあるし、日本人にはちょっと苦手な部分でもあります。

7月22日 フグの毒でも

「フグの毒でも」

今日のわが国では、せっかくいいものが発明されても、それに万に一つでも欠陥があれば、もうそれでそのものはすべてだめ、としてしまうような傾向が強いように思われます。それは言ってみれば、フグの毒を発見してフグを食べるのを一切やめてしまうようなものだと思います。

科学技術が非常に進歩した今日に生きる私たちは、フグの安全な調理に成功した昔の人に笑われないよう、物事を前向きに考え、せっかくの科学技術の成果を十分に活用できるだけの知恵を、さらに養い高めていくことが必要ではないかと思います。そこに人間としての一つの大きな使命があるのではないかと思うのです。

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この間シドニーの大学の人が、小児麻痺の子供のために、目の動きでテレビをつけたり、電気をつけたりできる装置の実験をやっていました。 このままテクノロジーが発展していけば、あっちこっちの空で車が飛んでいるのを見るのは遠くなさそうだなぁ。

7月21日 世間は神のごときもの

「世間は神のごときもの」

事業が大きくなってくると、仕事もだんだんと複雑になって、そこにいろいろな問題が起こってくる。

私は、この問題をどう考え、どう解決すべきかと日々の必要に迫られて、その解決策の根本を求めていくうちに、“世間は神のごときもの、自分のしたことが当を得ていると、世間は必ずこれを受け入れてくれるにちがいない”という考えに行きついた。

正しい仕事をしていれば悩みは起こらない。悩みがあれば自分のやり方を変えればよい。世間の見方は正しい、だからこの正しい世間とともに、懸命に仕事をしていこう……こう考えているのである。

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と言う事は、悩みができてくると正しい仕事をしていないと言う事かな。 正しいと思って一生懸命やったけど、世間に認められなかったと言う事は、正しくなかったと言う事かなぁ?

7月20日 “仕事の上手”に

「“仕事の上手”に」

日本古来の武道の一つに“弓道”があるが、この道の達人の域に達すると、たとえ眼かくしをして矢を放っても、ピシャリと的を射るという。しかし、こういった名人の域に達するには一朝一夕ではとても覚つかない。一矢射るたびに必ず検討を加え、工夫を重ねていって、一歩一歩、上達していくのである。

私は“仕事”にしても、これと同じことが言えると思う。日々、みずからの仕事の成果を検討することに努めれば、必ずや“仕事の名人”とまではいかなくとも“仕事の上手”にはなれると思う。百本の矢を射れば、少なくとも八十本は的に当たるという“上手”の域にまで、おのおのの仕事を高めたい。

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僕は居合道を習ってますが、刀を抜く早さが目にとまらないくらいの人とか、目隠ししてもBB弾を切る人とかがいますからねぇ、すごい!
そこまで行くには、考えながら数をこなすしかないと思う。

7月19日 会社の病気の早期発見

「会社の病気の早期発見」

癌は早期発見すれば治すことができるということですが、見てもらったときには手遅れであるという場合も少なくないようです。そういうことは、会社の経営においても言えるように思います。“会社の状態がちょっといかんなあ”と気がついたときには、もう末期の状態で手のつけようがないということが往々にしてあるわけです。

ですから、どんなに順調に発展している会社、商店であっても、経営には常に自己診断をすることを怠ってはならないと思います。そして“この点に欠陥があるな”ということを早く知ることができれば、大きな問題にはならず、手当ても可能だと思うのです。

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会社の癌ではないですが、今年のはじめに友人のお母さんの膵臓癌が発見されました。 膵臓癌はあまり痛みがないそうで、発見が遅れる事がよくあるそうです。 お母さんの癌も手遅れで、あと数ヶ月しかもたないそうです。 癌は怖い!

7月18日 公事のために人を使う

「公事のために人を使う」

たくさんの人が働いている企業の中には、いろいろさまざまな職種がある。けれどもそのどれをとっても、一つとして私の仕事はない。みな、その企業が事業を通じて社会に貢献していくために必要なものである。その必要な仕事をやってもらうために人を雇い、人を使っているわけである。形の上では使う立場、使われる立場はあるけれども、あくまで私のためではなく、公のために人を使うのである。

だから、単に私的な感情や利害で人を使ったり、処遇することは許されない。常に社会の公器としての企業の使命というものに照らして、何が正しいかを考えつつ、人を使うように心がけなくてはならない。

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最近では大分よくなってきましたが、オーストラリアへ永住したての頃は、「従業員は個人の事しか考えてないんじゃないだろうか?」 と思うことがよくありました。 会社の事は考えないで、自分がよければそれでいいような感じの事がたくさんありました。

7月17日 自他相愛の精神

「自他相愛の精神」

個人と個人との争い、国と国との争いは、相手を傷つけ、さらには社会全体、世界全体を混乱させる。そういう争いの大きな原因は、自他相愛の精神というか、自分を愛するように他人を愛し、自国を愛するように他国を愛する精神の欠如によるものであろう。

そういう精神の大切さは昔からいろいろな教えによって説かれていながら、いまだに争い事が絶えないのは、人びとが、このことの大切さを真に悟っておらず、その精神に徹していないからだと思う。

争いはみずからをも傷つけるということを身をもって知り、人類に平和をもたらすために力を合わせていくことが肝要である。

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移民の多い国に住んでいると、戦争経験のある人とよく話すことあります。
日本に生まれてよかった、オーストラリアに住んでてよかった、と思うのですが、テロが多くなってきたから、どこに住んでいても気をつけないといけないですね。

日本大使館からのメールだったかな、「日本人だから大丈夫」は通用しません、と書いてありました。 まぁ、あたりまえなんですが。

7月16日 仕事は無限にある

「仕事は無限にある」

この頃は不景気で仕事がないと言うけれども、今後百年の日本というものを考えてみると、その間に日本の建物という建物はほとんどつくり変えなければならなくなるだろう。橋や道路も同じである。そういうことを考えてみただけでも、仕事はいわば無限、困るほどにあるのである。

ところがそういう見方をせずに、みずから仕事がないようにし、不景気にしているのが、いまの日本の実情ではないだろうか。
これはものの見方を変えないといけない、発想の転換をしなければならない、ということである。そうしてこそはじめて、わが国に無限の仕事があることがわかるのである。

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これは現在の日本もいっしょだろうか? 
アベノミクス3本の矢の「財政政策」はこれかな? しかし、日本のニュースを時々しか見なくなったのでよくわかりませんが、アベノミクスの効果はあがっているんでしょうか。

そういえば、数日前にこっちのテレビで天皇陛下の生前退位のニュースをやっていました。
と言う事は、年号が変わるから、僕は、昭和~平成~新年号と3時代も生きることになるんだ! 子供の頃は、明治時代と聞くと、えらい昔のような気がしたけど、新しい年号に生まれた子供たちからは、昭和なんてえらい昔だねぇ、と言われるんだろうなぁ。

7月15日 ありがたいお得意さん

「ありがたいお得意さん」

お得意さんの中には、つくったものを持っていくと「これはなかなか苦心してつくってある。よくできている」とこちらが嬉しくなるようなことを言って買ってくださる非常にいいお得意さんもあれば、逆に「こんなものはダメだ。値も高いし、できもよくない。よそのはもっといい」と持って帰れと言わんばかりのお得意さんもあります。

そのときにどちらがありがたいかということです。ほめて買ってくだされば、それが一番いいけれど、そんないいお得意さんばかりでもかえって具合が悪い。世の中を甘く見、勉強しないようになるからです。厳しいお得意さんも、またありがたいお得意さんと言えるでしょう。

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新人営業マンのときは、よく話を聞いて褒めてくれるところばっかり通ってきましたが、売り上げは上がりませんでした。 反対に、「全然ダメだね」と言われたところに、毎回違った企画を何度ももって行った時は、ついに仕事が取れました。
今思うと、育ててもらったんだなぁと思います。

7月14日 資本の暴力

「資本の暴力」

事業を行なう限り、利潤の確保に努めることは当然である。が、それはあくまで適正な競争によるべきであって、手段を選ばぬ過当競争によるものであってはいけない。

ところが現実には、自社製品の市場占有率を高めることのみ考え、損を覚悟で売るという姿が見受けられることがある。これは資本による暴力にほかならないと思う。とくに大企業が、その資本に頼り、暴力的行為に出れば、その業界は大いに混乱する。そしてそればかりか業界の信用をも落とすことになりかねない。今日、いわゆる暴力が禁止されているごとく、資本による横暴も一つの罪悪とみて、厳しく自戒すべきだと思う。

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今、オーストラリアはちょっと物の値段が高いと思います。 まぁでも、市場が小さいからしょうがないんだろうなぁとは思いますが。 低価格で大量販売するには限界があるだろうし。
街のあちこちのお店は、「セール」の看板がたくさんあるけど、一年中セールをやっています。 購買意欲をそそってるのだろうか?

7月13日 世論を超える

「世論を超える」

一般に、指導者というものは世論というか多数の意見を大切にしなくてはいけない。世論に耳を傾けず、自分一個の判断で事を進めていけば、往々にして独断に陥り、過ちを犯すことになってしまう。

けれども、それはあくまで平常の場合のことである。非常の場合にはそれだけでは処し切れない面も出てくる。そういう場合には、指導者は世論を超えて、より高い知恵を生み出さなくてはいけない。

常は世論を大切にし、世論を尊重しつつも、非常の場合には、あえてそれに反しても、より正しいことを行なう。それができない指導者ではいけないと思う。

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非常時のとっさの言葉や行動がその人の本性だと言うから、常に考えておきたいですね。 

7月12日 みずからをつかむ

「みずからをつかむ」

人それぞれに顔、かたちが違うように、人間は誰しも、一人ひとり違った素質、才能を持っている。ただそれらは、顔を鏡にうつすごとくには表面に出にくい。

しかし、そういう自分の素質とか才能というものを自分でハッキリとつかみ、そしてそれを日々の活動に、ひいては人生に生かすことができたら、どれだけ人間としての喜びに満ちた生活が営まれ、人生の妙味というものを味わうことができるだろうか。

一人ひとりが他と違ったものを持ち、そして日々新たに発展していく。そこには苦しみもあろうが、何物にもかえがたい喜びもあるはずである。

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オーストラリアは多国籍国家なので、いろんな人種がいます。 こっちで生まれたアジア系の人たちをバナナと呼ぶ人もいます。 外側は黄色人種だけど、なかみは白人社会で生まれ育っているからだそうです。 

7月11日 礼儀作法は潤滑油

「礼儀作法は潤滑油」

私は礼儀作法というものは、決して堅苦しいものでも、単なる形式でもないと思います。それはいわば、社会生活における“潤滑油”のようなものと言えるのではないでしょうか。

職場では、性格や年齢、ものの考え方など、いろいろな面で異なる人びとが相寄って仕事をしています。そのお互いの間をなめらかに動かす役割を果たすのが礼儀作法だと思うのです。

ですから、礼儀作法というものは、当然、心のこもったものでなければなりませんが、心に思っているだけでは潤滑油とはなり得ません。やはり形に表わし、相手に伝わりやすくし、心と形の両面があいまった適切な礼儀、作法であってこそ、はじめて生きてくると思うのです。

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7月10日 おとなの責任

「おとなの責任」

現代の青年は夢がないとか、生きがいを見失っているとか言うけれども、それは青年自身の問題ばかりでなく、社会の問題、おとなの問題とも言えるのではないだろうか。つまり、おとなというか、その国、その政治が青年たちに生きがいを持たすようにしていない。夢を与えていない。使命観を与えていないのである。

たとえ同じ仕事をするにしても、そのことの意義とか価値というものをはっきりと自覚させられ、教えられていないから、迷ったり不平を持って、やがては現代の社会をのろうようにもなるわけであろう。

そこに今日の日本の根本の問題があるのではないかと思う。

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オーストラリアでは車の中に12歳未満の子供を残して離れてはいけない法律があります。
ある母親が、ちょっとスーパーにミルクだけを買いにと思って、12歳未満の子供3人を車に置いて買い物から帰ってくると、警察官が車の外にいて、罰金になりました。 駐車場で誰かが警察に通報したそうです。 母親は、上の子供はもうすぐ12歳だし、車の窓も開け、木陰に駐車もしたし、大丈夫と思ったそうです。 ですが、やっぱり法律違反は法律違反だそうです。

その母親が言うには、現在の大人は子供を過保護にしているのでよくないとも言っています。 でも、その彼女が自分の子供には、木登りは危険だからダメだとか、1人で道をあるいちゃダメだとか言っているのに気づいたそうです。 しかも、自分が子供の頃は、平気で木登りしたし、夕暮れまで外で遊んでいたそうです。 

危険度は今と昔もそれほど変わりはないと思いますが、なんか現在は大人が過剰に敏感ですね。

7月9日 自己資金での経営

「自己資金での経営」

商店、会社というものは、本当は借金をせずして自己資金の範囲で経営しなければならないと思います。

と言っても、そうするにはそれだけのものを儲けなければならないわけですから、なかなか容易なことではありません。ただ高く売るのではお客様は買ってくださらない。原価を引き下げるとか、お客様にキメこまかいサービスをするということに成功するより仕方がありません。それに成功するならばお客様に喜んでいただきつつ、自分も適正に儲け、そして経営の体質も改善されてくるでしょう。自己資金での経営に徹するという決心があれば、それは必ず可能だと思うのです。

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自己資産の範囲でと言う事は、少しづつ確実に経営していくと言う事かな? 借金をして、ビジネスを大幅に拡大しないほうがいいのでしょうか? まぁ、僕はこれで失敗した経験があるのですが。。。

7月8日 欠点を知ってもらう

「欠点を知ってもらう」

上に立つ人は、自分の欠点をみずから知るとともに、それを部下の人たちに知ってもらい、それをカバーしてもらうようにすることが大事だと思う。部下の人が全知全能でないごとく、上に立つ人とても完全無欠ではない。部下の人よりは欠点は少ないかも知れないが、それでも何らかの欠点を持たないという人はいないだろう。

その欠点多き上司が自分の知恵、自分の力で仕事をすすめていこうとすれば、これは必ずといっていいほど失敗するだろう。
やはり、自分の欠点を部下の人に知ってもらい補ってもらってこそ、はじめて上司としての職責が全うできるのである。

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やっぱり、スタッフが僕をみて、「頼りなさそうだから私たちが頑張ろう!」 と思うのはいいのかも。 笑

7月7日 信ずることと理解すること

「信ずることと理解すること」

繁栄、平和、幸福をより早く、より大きく生むためには、信ずることと理解すること――この二つを全うしてゆかなければなりません。というのは信を誤らないためには、理解を正しく働かさなければなりません。理解を捨てると、迷信に陥りやすく、また理解だけで信ずる心がなければ信念に弱きを生じてしまうからです。

では信と解を全うしてゆくにはどうすればよいか。それにはまず素直な心になることです。正しい理解も素直な心から生まれてきますし、信ずることも素直な心から高まってくると思います。心が素直であって、信と解がともに高まれば、あらゆる場合に適切な働きができるようになると思います。

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今日は七夕ですね。 オーストラリアではもちろん七夕なんてものはありませんが、まだ日本の子供たちは短冊に願い事を書いているのでしょうか? 

僕の娘は今13歳で、どれだけ現実を理解しているかどうかわかりませんが、将来は、歌手、俳優、声優、作家になろうとかなり本気で信じて生きているようです。 4つも目指すのは大変だろうけど、一応前面サポートしています。 サインも今からちゃんと練習しろ、と言っています。 将来はどうなるかなぁ?

7月6日 社長はお茶くみ業

「社長はお茶くみ業」

戦後、世間一般の風潮として、社長の言うことだからといって、それがスッと聞かれるというわけにはいかなくなった。だから形の上では命令することがあっても、実質はお願いするという気持を心の内に持たなくては、社長の職責がつとまらなくなったわけである。

そういう心持になったなら、社員の人が仕事をしてくれれば「いやどうもありがとう、ほんとうにごくろうさま、まあお茶でも一杯」ということにもなる。そういうことから、以前私は、社長は“お茶くみ業”だと考え、人にも話したことがある。もちろん実際にお茶くみをするわけではないが、そういう心持になることが大切ではないかということである。

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僕は実際に時々お茶くみもしたのですが、ちょっと社長として頼りなかったかな。 もともと、スタッフを「自分の部下」だとは思ってなかったからなぁ。

7月5日 責任を生きがいに

「責任を生きがいに」

人は成長するにつれて、だんだんその責任が重くなっていきます。そして、成人に達すると法律的にもはっきり少年のころとは違った責任を問われます。また、次第に高い地位につくようになると、それだけ責任が重くなります。

しかし、人はもともと責任を問われるところに、人としての価値があるのだと思います。責任を問われることが大きければ大きいほど、それだけ価値が高いということが言えましょう。ですから、責任を問われるところに、生きがいもあろうというものです。責任を背負い、そのことに生きがいを覚えないとしたら、年齢は二十歳をどれだけ過ぎようと一人前の人ではありません。

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友人の1人で、定職につきながら自分の旅行会社を開いた人がいます。 彼は今の仕事場では全然責任がなく、一日の数時間しかデスクワークがないので、いつも暇をもてあましているそうです。 その暇な時間を利用していろいろ計画し、有給休暇をとったりしてツアーを組んでいます。 ビジネスが軌道にのれば、今の仕事は辞める予定です。 うまく行って欲しいものです。

でも、軌道に乗る前に今の仕事を辞めた方が、直接生活がかかってきて必死になるからいいかも。

7月4日 心から訴える

「心から訴える」

私は自分の考えた一つの案を、会社なり上司に用いてもらうには、やはりそれなりの方法というか、持っていき方があるのではないかと思います。これは商売人が物を売り込むのと一緒です。“これ、いいから買え”と生意気に言ったのでは、うまくいきません。その売り込み方が肝心なのです。

まあ商売であれば、いろいろの言葉も使えましょう。また宣伝の仕方もいろいろありましょう。しかし要は、それを非常に誠心誠意、訴えていくということだと思います。提案をするにしてもこれと同じことです。誠意を基本に喜んで用いられるような接し方を工夫する、そういうことが非常に大事な問題だと思うのです。

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今働いているところで知り合った人ですが、彼はサイドビジネスで健康食品を販売しています。 まぁ、ネットワークビジネスとかMLMとか言われているものですけど、だいたいの人はしばらくすると儲からないのでやめてしまうのですが、その人は結構がんばっています。 もちろん自分でも購入していますし、週末にボランティアでビジネスの手伝いをしたりして、かなり真剣に取り組んでいます。 本人は体重が半分ぐらいになったり、健康食品の勉強をしたりして熱意を持ってがんばっているので、このまま順調に広がっていけばいいなぁと思います。

7月3日 是を是とし非を非とする

「是を是とし非を非とする」

とかく人間というものは、物事を数の大小や力の強弱といったことで判断しがちである。そしてまた、そういうことを中心に考えた方がいいという場合もあるだろう。しかし、それは日常のことというか、いわば小事について言えることではないだろうか。大事を決するに当たっては、そうした利害、損得といったものを超越し、何が正しいかという観点に立って判断しなくては事をあやまってしまう。それができるということが、指導者としての見識だと思うのである。
とかく長いものにまかれろ的な風潮の強い昨今だけに、指導者にはこうした是を是とし、非を非とする見識が強く望まれる。

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是是非非

「是を是とし非を非とする、之を智と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」

当たり前のことなんだけど、常に心がけているかと言われると、ちょっと考えてしまうなぁ。

7月2日 経営力の大切さ

「経営力の大切さ」

商売を発展させていく上で、経営力というものが大切であることは、いまさら言うまでもないと思います。そしてそういった経営力は、その主人公といいますか、経営する立場にある人がみずからこれを持てば、一番望ましいことはもちろんです。

けれども、現実には必ずしもそうでない人もあると思います。その場合、その会社や商店の経営はうまくいかないかというと必ずしもそうではありません。主人公みずからが経営力を持たなければ、しかるべき番頭さんを求めたらいいわけです。経営力の大切ささえ忘れなければ、やり方はいくらでもあると言えましょう。

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以前、ビジネスをやっている時にスタッフから、「なんとなく頼りなく見えるから、私たちががんばらないといけない。 と、思ってくるので、みんながんばって会社はよくなると思いますよ。 だから、あなたは社長に向いていると思います。」 と言うような事を言われました。 

まぁ、僕はちょっとボケたところもあるので、本当のことだろうとは思います。 もちろんこれは褒められたのだと思いますが。。。

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