毎日一話

宇宙は僕の為にまわっている - そしてあなたはそれを手伝っている - 宇宙はあなたの為にもまわっている - そして僕はそれを手伝っている     Go with the flow.......

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プロフィール

川田 倫久

Author:川田 倫久
オーストラリアに永住し、ずっと観光業をしていたが、中年のオッサンになってから、IT関係に転職。





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9月30日 感謝する心

「感謝する心」

今日の社会においては、われわれはどんなに力んでみたところで、ただ一人では生きてゆけない。やはり親兄弟はじめ多くの人びと、また人ばかりでなく、周囲に存する物や環境、さらには自分たちの祖先や神仏、自然の恵みのもとに暮らしている。そういうものに対して、素直に感謝する心を持つということは、人としていわば当然のことであり、決して忘れてはならない態度だと思う。

もしそういう感謝の心を持たないということになるならば、お互いの生活はきわめて味気ない殺伐としたものになるであろう。常に感謝の心を持って接してこそ、他人の立場も尊重して行動するということも可能になってくる。

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感謝の心を持つと、喜びとなり、心も明るくなり、人にもうまく調和ができるそうです。
また、その感謝した物事、人に対しても、もっと良い状態になるそうです。

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9月29日 商品はわが娘

「商品はわが娘」

私どもが日々扱っている商品は、言うなれば永く手塩にかけたわが娘のようなものだと思います。ですから商品をお買いあげいただくことは、自分の娘を嫁にやることであり、お得意先はかわいい娘の嫁ぎ先だとも言えましょう。

そう考えると、その商品が十分お役に立っているかどうか心配になって、ちょっと様子を見てみようという気が起きてくるのではないでしょうか。そういう思いで日々仕事に取り組んでいるならば、お得意先との間に単なる商売を越えた、より深い信頼開係、力強い結びつきが生まれてくると思います。お互い商品を自分の娘というほどに考えているかどうか、改めて考え直してみたいものです。

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うちの娘はまだ中学生ですが、いつか嫁いで行くんだなぁ、と考えるようなった自分の歳にちょっとびっくりです。

9月28日 組織や地位にとらわれない

「組織や地位にとらわれない」

今日、企業界、名企業の間における競争というものは、非常に激烈なものがある。この激しい競争において、瞬間を争う大事な事柄を報告するいわば非常の場合に、何としてもまず直接の上司に言わねばならないんだとか、やはり組織を通じて処理しなければ叱られるんだとか言っていたのでは、競争に負けてしまうようなこともあろう。事の順序としては、もちろん直接の上司の人にまず言うべきではあるけれども、どうしても急を要する場合は、組織や他位にとらわれず、即刻処理してゆくことが大切だと思う。

何か事あるときには、企員が打てば響くような素早さで活動しなければいけない。

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昔は、日本のサラリーマンは上司の指示かマニュアルがないと動けない、と外国では言われていたそうです。 今はどうなのかな?
サッカーなんかでも、前は、先輩にシュートを譲ってしまうから日本は勝てない、と言われていたそうですが、最近は個人プレーがちゃんとできる人が増えてきたようなので、サラリーマンも同じように変わってきたかな?

9月27日 二代目は熱意で勝負

「二代目は熱意で勝負」

先代が築いた基盤を受け継ぎ、若い二代目の人が社長に就任する場合、それなりのむずかしさが当然あると思います。

そこで、一つの行き方としては、まず、会社の古くからいる先輩の人に「私はこう思っているのだがどうでしょう」と、うるさいほど熱心に相談をもちかけていくことだと思います。そうしていけば、その熱心さが必ず相手に伝わり、信頼感を生むと思います。また、そういう熱意にあふれた姿に対しては、社員が頼もしさを感じて自然と助けてくれるようになります。ですから、そのような腹の底からの熱意を持ちうるかどうか、それが二代目社長としての勝負の一つの分かれ目である、という気がします。

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こういう謙虚な姿勢が大切ですね。 それか、平社員から経験するとか、他の場所で働いて修行するとかもあると思いますが。
または、偽名を使って、新入社員としてはいるとか。 でもこれは、後でわかったときに、問題かな。

9月26日 真剣に取り組む

「真剣に取り組む」

大相撲は相変わらずの人気である。私はその勝負が一瞬の間に決まるというところが好きである。力士の人たちは、その一瞬の勝負のために、毎日朝早くから夜おそくまで文字通り血のにじむような鍛練をし、稽古にはげんでいる。そしてその成果を土俵の上で一瞬の間に出し尽そうというわけだ。

われわれも、いま自分の担当している仕事を本業として、これに打ち込んでいるだろうか。大相撲の人気というものの裏には、日夜稽古にはげむ力士の姿があることを思って、われわれもまた、自分の人生、自分の本業というものに対して日々真剣に取り組んでゆきたいものである。

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血のにじむような鍛錬をしている人もいるのに、汚いことを平気でする人もいます。
それに負けないように、もっと鍛錬しなくてはならないかな。

9月25日 信賞必罰

「信賞必罰」

“信賞必罰”すなわち、罰すべき罪過ある者は必ず罰し、賞すべき功ある者は必ず賞せよということ、これは人間が存在するかぎり、程度の差はあっても絶対に必要なことであろう。これが行なわれない国家社会は、次第に人心が倦み、やがては必ず崩壊してしまうだろう。国家だけではない。会社、集団、家庭どこにおいても、これは決してないがしろにされてはいけないことだと思う。

ただ、ここで大事なことは、信賞必罰といっても、常に適時適切でなければならないということである。これは微妙にして非常にむつかしいことで、これが当を得なかったならば、かえって事を誤ってしまうことになる。

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これは前にも書きましたが、極端な話、殺人を犯した場合は、死刑にしてもいいんじゃないかなぁと思います。
いろいろ意見はあるとは思うけど、昔の、「市中引き回しの上打ち首獄門」 ぐらいしないと、今の世の中の間違った考えが直らないと思うなぁ。 もちろん、適時適切でないとだめなんだけど。 ちょっと過激かなぁ。

9月24日 人に尋ねる

「人に尋ねる」

自分の才能に向くような仕事を自分で考えて進んでいくことが非常に大事だと思う。ところが、自分の才能というものは、自分ではなかなかわからない。そのときには自分の信頼する人の言葉を聞くとよい。しかし素直な気持で聞かないと、先輩の正しい言葉が正しく自分の耳に入らない。

私も、自分でわからないことは、素直な心持になって先輩に尋ねることにしている。そして静かに考えていけば、必ず行く道は自然に決まってきて、希望が持てると思う。しかし、野心とか欲望とかいうものを強く持つと、そこに無理が生じ迷いが起こってくるような気がするのである。

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才能がなくても、野心や欲望をもって続けていれば、それが才能になってこないのかな? 才能がない場合は、いくら頑張ってもダメなのかなぁ?
やり続ければいい時もあると思いますが。

9月23日 永遠に消えないもの

「永遠に消えないもの」

高野山にはたくさんの墓があります。その中で一段と目立つ立派な墓は、おおむね大名の墓だそうですか、その大名の墓も、今日では無縁仏になっているものもあるということです。昔は相当の一家眷族を養い、しかも明治になってさらに華族として、財産も保護されるという状態が長く続いたにもかかわらず、そういう変化があったということを考えてみますと、人間のはかなさというものを身にしみて感じます。

やはり世の中というものは形ではない。いくら地位があり財産があっても、それはいつまでも続くものではない。結局、永遠に消えないものはその人の心であり、思想であり、この世で果たした業績である、そう思うのです。

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僕は一応仏教徒ですが、死んでもお墓はいらないなぁ。 子供や孫ぐらいまでは墓参りしてくれるかもしれませんが、その後はどうなるかわかりませんからねぇ。
どこかに、名前が残っていればそれでいいかな。

9月22日 平和のための前提条件

「平和のための前提条件」

平和が大切だということは、何千年も前から繰り返し唱えられているにもかかわらず、その一方では戦争をしている。はなはだしきは、平和のための闘争とか戦争といったことが口にされ、行なわれているというのが、過去、現在における人間の姿だと言えましょう。

それでは、そのような状態を脱却し、平和を実現する前提として、何が必要かというと、人間としての意識革命ではないかと思います。つまり、真の平和というものをはっきり見きわめ、心からそれを切望するというような一人ひとりの意識革命が、一国の政治の上にも教育の上にも醸成されていくならば、求めずして平和は生まれてくると思います。

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戦争は一般市民も巻き添えになるから困りますね。 標的を間違えて攻撃するとか、普通に考えれば殺人になるのですが。。。

9月21日 中小企業は社会の基盤

「中小企業は社会の基盤」

私は中小企業というものは、日本経済の基盤であり、根幹であると思う。それが健在であってこそ、大企業も持ち味を生かすことができるし、経済全体の繁栄も可能になる。とともに、中小企業は単に経済においてだけでなく、いわば社会生活の基盤にもなるべきものだと思う。つまり、いろいろな適性を持った人が、それぞれに色とりどりの花を咲かす、そういった社会の姿がより望ましいのであり、そこに人間生活の喜びというものもあるのではないだろうか。

その意味において、たくさんの中小企業が、それぞれにところを得て、さかんな活動をしているというような社会の姿が一番理想的なのではないかと思う。

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とは言っても、今までの就職活動は大企業希望がやはり半数以上だそうです。 最近は、中小企業から早めの内定をもらって、大企業をあきらめる人もでてきているようですが。

9月20日 立ち話の会議

「立ち話の会議」

社長が実際の仕事についてあまり知らず、会議で「どうだ君、やれると思うのだがどうだ」というようなことを言っていると、甲論乙駁、議論百出となって、三日ぐらいもかかることになりかねません。それはいささか極端ですが、会議というものは概してそのような傾向が強いのではないでしょうか。それでは何かにつけてテンポの速い今日の世の中では、結論が出たときにはもう状況が変わっているということにもなりかねません。

ですから会議だからといって、会議室に集まり椅子に座ってするというのではなく、言うなれば立ち話で会議をして即決するというくらいの心構えが必要だと思います。

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会議室ではなくて、空いている場所で、椅子だけでミーティングをするのも聞いた事があります。 

立ってミーティングすれば、寝る人もいないだろうな。 と思いながら、時々日本に帰ると、電車で立ったまま寝てるような人をちょくちょく見かけるので、もしかしたら、机なしでも、立ったままのミーティングでも、寝る人はいるかもしれません。

9月19日 仕事を味わう

「仕事を味わう」

私はどんな仕事であれ、ほんとうにそれが自分に適したものかどうかを見きわめるのは、それほど容易なことではない、仕事というものは、もっともっと深いというか、味わいのあるものだと思います。最初はつまらないと思えた仕事でも、何年間かこれに取り組んでいるうちにだんだんと興味が湧いてくる。そしていままで知らなかった自分の適性というものが開発されてくる。そういうことも仕事を進めてゆく過程て起こってくるものてす。つまり、仕事というものはやればやるほど味の出てくるもので、辛抱をして取り組んでいるうちに、だんだんと仕事の味、喜びといったものを見出していくことができるのだと思います。

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そうですね、つまんないと思っていても、ずっとやっていると、要領を覚えたり、改善したりして、だんだん慣れてくると、周りから、「その仕事はあなたに合ってますね」 なんて言われ始め、もっとやってると、「あなたじゃないとできない」 とまで言われてきます。

本当は違うことがやりたいけど。。。 と思ったりもしますが。

好きな仕事と得意な仕事が一緒になったらいいですね。

9月18日 豊かさに見合った厳しさ

「豊かさに見合った厳しさ」

暮らしが豊かになればなるほど、一方で厳しい鍛練が必要になってくる。つまり、貧しい家庭なら、生活そのものによって鍛えられるから親に厳しさがなくても、いたわりだけて十分、子どもは育つ。けれども豊かになった段階においては、精神的に非常に厳しいものを与えなければいけない。その豊かさにふさわしい厳しさがなければ、人間はそれだけ心身ともになまってくるわけである。

しかるに、いまの家庭にはそういう厳しさが足りない。政治の上にも、教育の上にも足りない。それが中学や高校の生徒がいろいろと不祥事件を起こしている一つの大きな原因になっているのではないだろうか。

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今の50代の人たちは、あまり日本の厳しい状況をしらずに育ったと聞いた事がありますが、そうかもしれませんね。
それは、今の子供たちにもいえるのでしょうか?

という事は、これからも、子供たちがいろいろな事件を起こしていくのかなぁ?

しかし、松下氏がこの話をした時代にも、「中学や高校の生徒がいろいろと不祥事件を起こしている」 という事は、今よりも、もっともっと厳しい鍛錬が必要になる、ととれるけど、どうかな。

それなら、厳しい鍛錬よりも、なにか根本的な事が間違っているのかも。

9月17日 愚痴の言える部下を持つ

「愚痴の言える部下を持つ」

憤慨したときに憤慨できる相手があったら一番楽ですな。つまり早く言えば最高首脳者として、愚痴を言える部下が必要だということです。それが副社長でも専務でも、あるいは秘書でもいい、そういう人があれば幸せですな。

どんなにえらい人でも愚痴のはけ場がなかったら鬱積しますわ。そうするとあやまちをします。太閤秀吉でも、石田三成を可愛がったといいますけど、あれはやっぱり愚痴を石田三成にもっていったんだと思います。そうすると三成はそれを適当にうけて、うまい具合に機嫌をとったんですわ。そうすると太閤さんは頭がすっとして、またいい知恵を出したということでしょう。

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愚痴の言える上司を持つのもいいかもしれませんね。 そうすると、その後部下はすっきりとして働けるかも。
まぁ、もちろん、上司は適当に愚痴をうけて、部下の機嫌をとれるようじゃないとだめですが。

9月16日 人の責任

「人の責任」

会社が発展するのも失敗するのも、結局はすべて社長一人の責任ではなかろうか。というのは、もし社長が“東へ行け”と言うのに、“いや私は西へ行きます”と言って反対の方向に行く社員はまずいないからである。ほとんどの社員は、社長が東へ行こうと言えば、みな東へ行く。だから、“東へ行け”と言って、もし間違ったとしたら、それは社長一人の責任に他ならないわけである。同じように、一つの部、一つの課が発展するかしないかは、すべて部長一人、課長一人の責任である。

私は、いままでいかなる場合でも、そう考えて、自問自答しながら事をすすめるよう努めてきた。

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やっぱり最終的にはリーダーの決定に従う事が多いから、そうだろうねぇ。

これは、家族もそうですね。 今、娘の将来について、学校やその他の事でいろいろ話し合っていますが、親の影響は大きいだろうから責任重大なぁ。

9月15日 精神的大家族

「精神的大家族」

核家族の風潮というのは、いい悪いは別にして、天下の大勢です。大きな流れです。けれどもそれは形の上でそうなのであって、精神の上では核家族になってはいけないと思います。あたかも大家族のごとく、年老いた老人には、家族の人たちが絶えず心を通わせるようにしなければなりません。たとえば、三日に一ペんは電話で声をかけてあげるとか、そういうつながりがなければいけないと思います。

世の中が進歩したら、それぞれ活動する場所が増えますから、どうしても離れ離れになって、大家族という形はとれません。だから一方でそれを集約する精神的なつながりが一層必要だと思うのです。

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西洋はほとんどの国がそうだと思いますが、学校が終わると親と同居する子供はすくないです。 最近のオーストラリアは家賃が上がってきたので、大学が終わるまでは同居する人も増えてはいますが、働きだしたら、家をでます。

年老いてきた親も、あまり子供たちと一緒に住まないような気がします。 パートナーがいなくなって一人になっても、ほとんどの人はそのまま一人で住んでいます。 

これは、個人のスペースを重視するからでしょうかねぇ? 独立心が強いのかなぁ? 生まれたすぐの子供でも、ちゃんと子供用の部屋を与えて、別々に寝る家庭が多いし。 

でも、よく考えると、別々に住んでいて、頻繁に会う方がいいかもしれませんね。 同居だと、いろいろ不満も出てくるだろうし。

9月14日 いつくしむ

「いつくしむ」

昔、仁統大皇は、国中に炊事のけむりの乏しいのを見て人民の困窮を知り、三年間課役を中止し、三年後国中にけむりが満ちてはじめて、「民富めり」と再び租税を課された。その間は皇居も荒れ、雨がもるほどであっても修理されなかったという。これは伝説かもしれないが、しかし大事なことは、そのように人民をいつくしむ仁慈の心を持つことが、昔からの指導者のあるべき姿とされてきたことである。そこに日本の一つのよき伝統があり、そういうところから封建時代でさえ数々の名君が生まれたのであろう。そのことが栄えるもとだったのである。民主主義の今日でも、指導者はまず人びとの幸せを願う仁慈の心を持たねばならないと思う。

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今の日本の政治は、慈悲の心がないような。。。 国民が一番後まわしかも。

9月13日 商売と誠意

「商売と誠意」

誠意にあふれ、真剣な思いに満ちた行動は必ず人びとの心をとらえずにはおきません。

識意をもって熱心に仕事に取り組んでいる人は、常に「こうしてはどうだろうか」とか、「この次にはこんな方法でお客さんに話してみよう」というように工夫をこらし、いろいろ効果的な方法を考えます。また同じことを説明するにしても、その話し方に自然と熱がこもり、気迫があふれます。そうするとお客さんの方でもその熱心さに打たれ、「どうせ買うならこの人から」ということになってくるわけです。そういう日々の仕事の態度というものが、やがては大きな差となって表われてくるのではないでしょうか。

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全然買う気がないお客様にも熱心に話していると買ってくれるでしょうか? 僕は、あまり売れなかったように思います。
でも、熱心に話して、買っていただいたお客様の近くで、僕の話を聞いていた別のお客様からは買っていただいた事はよくありました。 そのお客様達は、もともと買う気があったのかな、なかったのかな、と考えますが、今もわかりません。

9月12日 予算にとらわれない

「予算にとらわれない」

一国の運営をお金の面からみますと、いわゆる予算というものを組んで、それに基づいてさまざまな施策を行なっています。お互いの商売でも、同じように予算というものによって、これを進めていく場合が少なくないと思います。

しかし、商売というものは、実際予算どおりに動くものではない。したがって、予算がない、ということで必要なことの実施を延ばしたりするのではお客様はどんどん他へ流れていってしまうと思います。予算によって商売をしていくことはもちろん大切ですが、それはあくまで内輪の心づもりであって、外部に対して必要なことは借金してでもやる、そういう商売をしなくてはならないと思うのです。

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オーストラリアでも、職場によるとは思いますが、会計年度に向こう一年間の予算をたてます。 年度末は、余った予算を使ってしまうように、いろいろ考えます。

せっかく節約して、予算内で行ったのに、使ってしまうのはもったいないですよねぇ。 なんで翌年にまわせないのでしょうか?
いっその事、人件費やその他経費などは予算を組んでもいいと思いますが、そのほかの物は予算なしで行ってはどうでしょうか?
予算が必要な時は、その都度申請するのはだめなんでしょうかねぇ。

9月11日 個人主義と利己主義

「個人主義と利己主義」

今日、個人主義と利己主義が混同されているきらいがあります。本来の個人主義というのは個人は非常に尊いものであるという考え方だと思います。が、一人の個人が尊いということは、同時に他の個人も尊いということになります。ですから個人主義はいわば他人主義にも通じるわけです。それに対して利己主義というものは、自分の利益をまず主として考え、他人の利益をあまり重んじない姿です。

今日ともすれば、個人主義が誤り伝えられて、利己主義に変貌してしまっている姿がありますが、この画然とした違いをお互いに常日ごろから知っておく必要があると思うのです。

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利己主義で、人を押しのけてまで上に上がる人がいて、その人達は僕よりも利益を得ている。 いつかそういう人はコケるのかと思ってみているけど、そうではなくて、悠々としているのはなぜ? と同僚に聞いてみました。

彼が言うには、そういう、自分より他人の方が利益を得ていると言う考え自体がダメなんだよ。 自分と比べて、向こうの方がいいと思う心が、もう利己主義の人たちと同じ考えになっているよ。 と言われました。

それでも、正直者はなんにもなしで、悪者だけが得するのは、やっぱりおかしい。 と言おうとおもったけど、やっぱりそれも比べているからダメか。

9月10日 不健康また結構

「不健康また結構」

私は不健康が、必ずその人を不幸にするとは思いません。世の中には不健康で幸福になる場合もありますし、また逆に健康なためにかえっていきすぎて、不幸になる場合もあるのです。肝心なことは「不健康また結構なり」という気分になることです。不健康は不幸なことだ、悲しいことだと考えて心を乱してはいけないと思うのです。

小さい頃から病弱だった私がそういう心境になれたのは、今日考えると、やはり前途に強い希望を持っていたためだと思います。不健康のために希望を失うということでは、失敗の上に失敗を重ね、不幸の上にまた不幸を重ねることになってしまうのではないでしょうか。

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娘は未熟児で生まれ、軽い小児麻痺を持っていますが、彼女なりに頑張って、将来は女優になって身体障害者がもっと映画に出れるようにする、と言っています。

ですが、13歳になり自分の事、世の中の事がいろいろわかってきたので、ちょっと悩んだりしていますが、夢をあきらめないで頑張ってもらいたいものです。

9月9日 師は無数に存在する

「師は無数に存在する」

手近に親切な指導者、先輩がいて、自分を導いてくれる、そういう人が会社にいる人は幸せだと思います。しかし見方によれば、指導者のいないところにこそ、みずからの発展というものが考えられる、ということも言えるのではないかと思います。

蓄音機や白熱電灯などを発明開発したあの偉大なエジソンには指導者がいなかったそうです。それでみずからあらゆる事物に関心を持ち、そこに指導者を見出しました。汽車にのれば、石炭を焚く音や車輪の音に指導者を見出したわけです。みずからを開拓する気持になれば、行く道は無限に開かれている、師は無数に存在していると思うのです。

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      我以外皆我師      宮本武蔵

9月8日 不景気に強い経営

「不景気に強い経営」

好況時には少々の不勉強であっても、サービスが不十分であっても、まあどこでも注文してくれます。だから経営の良否というのはそう吟味されなくてすみます。

ところが不景気になってくると、買う方は、十分に吟味して買う余裕がでてきます。そこで、商品が吟味され、経営が吟味され、経営者が吟味されて、そして事が決せられることになるわけです。ですから、非常にいい経営の下に、いい人が行っている会社や店は、好景気にはもちろん結構ですが、不景気にはさらに伸びるということになる。そのことを事業にたずさわる者としては、日ごろ常に心にとめておかなければならないと思います。

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昔、オーストラリアの蛇の目ミシンさんの方とお話しした事がありました。
オーストラリアでは、景気が良くても悪くても、ミシンは売れるそうです。 値段はそんなに安くはないのですが、売り上げが景気にあまり関係しないのはどうしてでしょうね。
景気の良いときは、余裕があるので買う人がいるし、悪いときは、自分で縫物をする為に買う人がいるのかなぁ。
こちらは、衣類はそれほど安くはないし、クリーニングや寸法直しも日本に比べると安くはないです。 それも関係してるのかな?

9月7日 徳性を養う

「徳性を養う」

人間が人間を動かすことは、なかなか容易ではない。力で、あるいは理論で動かすことも、できないことではない。しかしそれでは何をやっても大きな成功は収められまい。やはり何といっても大事なのは、徳をもっていわゆる心服させるということだと思う。指導者に人から慕われるような徳があってはじめて、指導者の持つ権力その他もろもろの力も生きてくる。

だから、指導者はつとめてみずからの徳性を高めなくてはならない。力を行使しつつも、反対する者、敵対する者をみずからに同化せしめるような徳性を養うため、常に相手の心持をくみとり、自分の心をみがき高めることを怠ってはならないと思う。

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僕は皆の心持をくみとって、皆のためにいいように、と思っていたのですが、失敗しました。
どこかで、やっぱり私欲があったのかな。

9月6日 自然を生かす

「自然を生かす」

自然はそれ自体のために存在しているという見方がある。しかし、もっと大きな観点に立って考えてみると、自然は人間の共同生活に役立つために存在しているのだと考えることもできるのではなかろうか。そう考えてみれば、自然を人間の共同生活の上に正しく活用していくことは、人間にとって当然なすべきことだとも言える。

むろん、単に意欲をたくましくして自然を破壊することはあってはならない。自然を十破壊して、そこから八の価値しか生み出さないというのではいけないが、十二の価値を生むならば、むしろ積極的に自然を活用していったらいいと思うのである。

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人間はとても自然と対等に戦えないと思うので、自然はやっぱり自然のままにしておいた方がいいと思います。

9月5日 やさしい心

「やさしい心」

あの人はどことなく豊かな、感じのいい人であるという場合、それはその人の心が、その人の動作ににじみでているからだと思います。これは非常に大事なことだと思います。

ことに私は、女性の尊さというものは、やはり親切な心の表われているところにこそ、ほんとうの尊さというものがあるのではないか、という感じがします。ただ強いばかりではいけません。賢いばかりでもいけません。賢い、強いということも、もちろん大切ですが、それ以上に大事なことは、心のやさしさなのです。これはすべてのものをとかすとでもいうほどの力があるのではないでしょうか。その力を失ってはならないと思うのです。

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先日、徒然なるままに、というブログでみたマザーテレサの言葉を思い出しました。

      人は お金で 満たされる事は ありません。
      人々に 必要なのは 互いを 愛する心 です。
      あなたは 行 く 先々で 愛 を 与えなさい。

                   マザーテレサ(修道女)

9月4日 サラリーマンは独立経営者

「サラリーマンは独立経営者」

サラリーマンの中には、自分は所詮雇われて働いているのだから、自分の仕事に打ち込み、生き甲斐を感ずるというまでにはなかなかなれないという人があるかもしれない。そういう場合、私は次のように考えたらどうかと思う。

それは、一つの会社の社員であっても、自分でその職業を選んだからには、“自分は社員稼業という一つの独立経営者である”という信念を持って仕事をするということである。言いかえれば、独立経営者が十人あるいは百人、千人と集まって、一つの会社をつくり事業をしているのだ、と考えるのである。そうすることによって仕事に張り合いも出てき、面白味も加わってくるのではないだろうか。

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今の職場にも派遣のスタッフは沢山います。 特に技術系の仕事が多いので、専門職は派遣スタッフに頼りがちですが、しかし、同じ派遣の人が20年近く働いていて、知識を共有しない人もいます。 なんか、おかしいような気がするんですが。 福利厚生はなくなりますが、給与自体は正社員よりかなり良くなるので、自分の仕事が正社員にとってかわられるのを恐れているのかなぁと思います。

でも、自分の知っている知識を全部教えてくれる人の方が、ありがたく思われて、そのまま契約更新になることが多いと思うのですが。。。 でもこれは、オーストラリアだからかな。 日本の派遣社員はかなり厳しい状況ですしね。

9月3日 お得意を広げるには

「お得意を広げるには」

自分の店のお得意さんが、他の人に「自分はいつもあの店で買うのだが非常に親切だ。サービスも行き届いているので感心している」と話されたとしたら、その人も「君がそう言うのなら間違いないだろう。私もその店に行ってみよう」ということになりましょう。その結果、お店としては、みずから求めずして、お得意さんを一人増やす道が開けるということになるわけです。

そうしたことを考えてみますと、日ごろ商売をしていく上で、お得意さんを増やす努力を重ねることはもちろん大切ですが、現在のお得意さんを大事に守っていくことも、それに劣らず大切なことではないかと思うのです。

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最近はソーシャルメディアがあるから、広まり方も半端ではないと思います。 いいうわさが流れればいいけど、悪い噂だとやっぱり怖いなぁ。

9月2日 経営のコツをつかむ

「経営のコツをつかむ」

多くの会社の中には、非常にうまくいっているところもあれば、反対に行き詰まるようなところもある。うまくいっているところは従業員がみな優秀で、行き詰まるところはその反対かといえば決してそうではない。結局、そこに経営があるかないか、言いかえれば経営者が経営のコツをつかんでいるかどうかによって、そうした違いが生じてくるのだろう。その証拠に、経営者一人が代わることで、倒産寸前の会社が隆々と発展した例はいくらでもある。

経営のない会社は、いわば頭のない人間のようなものである。経営者が経営のコツをつかんでいる会社は力強く繁栄発展していくと思うのである。

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スポーツチームの監督と一緒ですね。 チームメンバーは変わらずとも、監督が変わると急に強くなったりしますからねぇ。

でも、コツはどうやってつかむのかなぁ。 経験以外にはないのかな。

9月1日 苦難もまたよし

「苦難もまたよし」

わが国では、毎年、台風や集中豪雨で大きな水害を受けるところが少なくない。しかし、これまでの例からみると、大雨が降って川があふれ、町が流れてもうダメかといえば、必ずしもそうではない。数年もたてば被害を受けなかった町よりも、かえってきれいになり、繁栄していることがしばしばある。

もちろん、災難や苦難はないに越したことはないが、思わぬときに思わぬことが起こってくる。だから苦難がくればそれもよし、順調ならばさらによし、という心づもりを常に持ち、安易に流れず凡に堕さず、人一倍の知恵をしぼり、人一倍の働きを積み重ねてゆくことが大切だと思う。

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緊急時にでる思わぬ行動がその人を表すと聞いて事があります。 変な行動をとらないように、普段から心構えをしておかないと。

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