毎日一話

宇宙は僕の為にまわっている - そしてあなたはそれを手伝っている - 宇宙はあなたの為にもまわっている - そして僕はそれを手伝っている     Go with the flow.......

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プロフィール

川田 倫久

Author:川田 倫久
オーストラリアに永住し、ずっと観光業をしていたが、中年のオッサンになってから、IT関係に転職。





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11月30日 精神大国をめざして

「精神大国をめざして」

今日、わが国は経済大国と言われるまでになりましたが、人びとの心の面、精神面を高めるということについては、とかくなおざりにされがちだったように思います。これからは経済面の充実とあわせて、お互い国民の道義道徳心、良識を高め、明るく生き生きと日々の仕事に蹄みつつ、自他ともに生かしあう共同生活をつくりあげていく。あわせて日本だけでなく海外の人びと、ひいては人類相互のための奉仕、貢献ができる豊かな精神に根ざした国家国民の姿を築きあげていく。そのような精神大国、道徳大国とでも呼べる方向をめざして進むことが、今日、国内的にも対外的にも、きわめて肝要ではないかと思うのです。

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もう日本だけでなく、世界全体を視野に入れて何事も考えていかなくてはならなくなったようですね。 でも、精神大国もいいんだけど、日本の産業も、もっと頑張って欲しいなぁと思う事もあります。

昨日読んだ記事では、日本は電気自動車ですでに遅れをとっているそうです。 もう、世界はハイブリッド車もすてて、電気自動車に技術を注いでいるそうです。 電気自動車レースのフォーミュラEにも日本は参加していないそうだし、ドイツでは2030年までに内燃エンジンの車の販売を禁止するようです。 今の日本は車市場ぐらいしか世界相手に戦えないように思うので、頑張ってほしいなぁと思います。

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11月29日 値引く以上のサービスを

「値引く以上のサービスを」

商人は、自分の信念なり事業観に基づいて適正利潤というものを確保し、顧客を大事にしつつ商人としての社会的責任を果たしていくことが肝要で、それが社会共通の繁栄に結びつく望ましい姿だと思います。

そして、そうした望ましい商売をしていくためには適当にかけ引きをして値段をまけるというのではなく、最初から十分勉強した適正な値段をつけて、それは値切られてもまけない、逆にお客さんを説得し納得していただくということでなければいけません。その上で“あの店は値引く以上に価値あるサービスをしてくれる”という評判をお客さんからいただくような商売をすることが大事だと思います。

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いつも思いますが、こっちは価格競争できるぎりぎりの値段を提示しているのに、まだ値引きを要求してくる人がいやになります。 最初から値引きを予想して高めに値段を設定すればいいのかもしれませんが、それもなんか変な感じがするので、できませんでした。

僕は、商売人には向いてないかなぁ。

11月28日 とどめを刺す

「とどめを刺す」

日々のお互いの仕事の中で、もうちょっと念を入れておいたら、とあとから後悔することが少なくないような気がする。

一生懸命に努力して、せっかく九九%までの成果を上げても残りのわずか一%の「止め」がしっかりと刺されていなかったら、それは結局はじめからやらなかったと同じことになる。いや中途半端にやっただけ、むしろマイナスになる場合が多いのではあるまいか。念には念を入れよ、である。仕事を完全にやり通すのに念の入れ過ぎということはないのである。とどめを刺さない仕事ぶりがあったら、お互いにその不徹底を大いに恥とするほどの厳しい心がけを持ちたいものである。

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11月27日 人間としての成功

「人間としての成功」

人にはおのおのみな異なった天分、特質というものが与えられています。言いかえれば万人万様、みな異なった生き方をし、みな異なった仕事をするように運命づけられているとも考えられると思うのです。

私は、成功というのは、この自分に与えられた天分を、そのまま完全に生かし切ることではないかと思います。それが人間として正しい生き方であり、自分も満足すると同時に働きの成果も高まって、周囲の人びとをも喜ばすことになるのではないでしょうか。

そういう意味からすれば、これをこそ“人間としての成功”と呼ぶべきではないかと考えるのです。

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11月26日 要求者たれ

「要求者たれ」

経営者にとって、とくに大事な点は何かというと、それは“要求者になる”ということだと思います。社員の人たちに、会社の方針はこうだから、こういうようにやろうではないか、諸君も努力して欲しい、という強い呼びかけを持つということです。それが社長の仕事だと思います。社長がそういうことを言わなければ、社員は何をどういうふうにやっていいのか分からないということになって、力強いものは生まれてきません。

ですから、経営者は強い理想というか希望というものを打ち立てて、これを社員のすべてに要望、要求することが肝要なのです。要望を持たない社長は存在の意義がないと思うのです。

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11月25日 人間としての努め

「人間としての努め」

命をかける──それは偉大なことです。命をかける思いがあるならば、ものに取り組む態度というものがおのずと真剣になる。したがって、ものの考え方が一新し、創意工夫ということも、次つぎに生まれてきます。お互いの命が、生きて働くからです。

そうすると、そこから私たち人間が繁栄していく方法というものが、無限にわき出てくると言えるのではないでしょうか。この無限にひそんでいるものを一つ一つ捜し求めていくのが、人間の姿であり、私たちお互いの、人間としての勤めであると思います。もうこれでいい、けっしてそう考えてはならない。それは人間の勤めを怠る人だと私は思います。

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命をかけるのも大切ですが、時によっては「失敗しても死ぬほどのことはない」 と言うぐらいの気持ちでいてもいいと思います。

11月24日 不可能を可能にする

「不可能を可能にする」

ある製品の価格を一年ほどの間に三割も引き下げて注文をとっている会社のことが新聞の記事に載っていました。以前は非常に儲けすぎていたのだと言えばそれまでです。しかし、以前と言えどもある程度の利益以外は取っていなかっただろうと思いますし、今度と言えども赤字ではやっていないだろうと思います。

そうすると、そこにはなんらかの工夫があったと考えられます。経営の考え方とか、仕方に工夫をこらして、価格を引き下げても引き合うという方法を見出しているのです。そうした成果は、“不可能を可能にする道は必ずある”とみずから考え努力していくところから生まれてくるものではないでしょうか。

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確かに、値下げしてもやっていけるのなら、以前は結構儲かっていたのかなぁ?、工夫してコスト削減したのかなぁ?、と考えますが、実際は値下げした分、どこかにしわ寄せが来て苦しんでいる人がいるような気がします。

11月23日 労働は神聖なり

「労働は神聖なり」

労働は神聖である。その意識をお互いにつよく持ちたいものだと思う。

私は、労働は神聖であり、その聖職に当たっているのだという誇りから、労働それ自体も、より価値あるものになるというか、その能率、生産性も知らず識らずのうちに上がってくると思う。
そのように生産性が上がって、仕事の成果も高まれば、それは労働者に、より大きな報酬賃金をもたらすことになろう。つまり、労働の喜びという精神的な面だけでなく、物質的な面での向上進歩もあるわけで、言ってみればそうした意識、誇りから物心一如の繁栄なり幸福なりが生まれてくると思うのである。

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日本は勤労感謝の日ですね。

オーストラリアにも似たような祝日があって、Labor Day (労働者の日)と言っています。 1856年に労働時間は一日8時間まで、という決まりがメルボルンでできたそうです。 市内の端っこには、「888」をシンボルとした塔も建っています。

11月22日 弁解より反省

「弁解より反省」

仕事でもなんでも、物事がうまくいかない場合、必ずそこに原因があるはずである。だからうまくいかなかったときに、その原因を考えることは、同じ失敗を重ねないためにも、きわめて大切である。

そのことは誰もが承知しているのであるが、人間というものは往々にしてうまくいかない原因を究明し反省するよりも、「こういう情況だったからうまくいかなかったのだ。あんな思いがけないことが起こって、それで失敗したのだ」というように弁解し、自分を納得させてしまう。原因は自分が招いたことである、という思いに徹してこそ、失敗の経験も生かされるのではないだろうか。

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人間は困難にぶつかると逃げようとする。 しかし苦しみに真正面から当たる以外に、苦しみから逃げる道はない。 逃げれば苦しみは、もっと強く苦しみになって追いかけてくる。 (日本クラウンレコード 有田一壽)

11月21日 心をときはなつ

「心をときはなつ」

自由な発想の転換ができるということは、指導者にとってきわめて大事なことである。しかし、発想の転換ということはさかんに言われるが、実際はなかなかむずかしい。みずから自分の心をしばったり、せばめている場合が多いのである。

だから大事なことは、自分の心をときはなち、ひろげていくことである。そしてたとえば、いままでオモテから見ていたものをウラから見、またウラを見ていたものをオモテも見てみる。そういったことをあらゆる機会にくり返していくことであろう。そうした心の訓練によって、随所に発想の転換ができるようにしたいものである。

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ビジネスでは目標値を10%や20%アップにしても、あまりいい提案が出てこないことが多いので、一気に50%ぐらいにあげた方がいいそうです。 そうすると、これはちょっと考えを根本から変えないとダメだ、という事で、新しいアイデアが出てきたりするそうです。

11月20日 覚容の心で包含

「覚容の心で包含」

世の中にはいい人ばかりはいない。相当いい人もいるが相当悪い人もいるわけです。ですから、きれいな人、心の清らかな人、そういう人ばかりを世の中に望んでも実際にはなかなかその通りにはなりません。十人いたらその中に必ず美ならざる者も正ならざる者も入ってくる。そういう状態で活動を進めているのが、この広い世の中の姿ではないでしょうか。そこに寛容ということが必要になってきます。

力弱き者、力強き者があるならば、両者が互いに包含し合って、そこに総合した共同の力を生み出してゆく。そういうところにわれわれ人間のいき方があるのではないかと私は思うのです。

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町を歩いていると、「小銭ちょうだい」と言っている人をよく見かけます。 僕は、パーフォーマンスをやったりしてるのならいいけど、ただお金ちょうだいと言っている人には、なんとなく無視してしまいます。

でも、そういう人にもいやな顔をせず、コインもあげれるようにならないと、自分のところにもお金が入ってこないそうです。

11月19日 くり返し訴える

「くり返し訴える」

経営者が、その思うところの考え、意志を社員に十分伝え、浸透させようとするにはどうすればいいだろうか。

それは、何よりもまずくり返し話すことである。大切なこと、相手に覚えてもらいたいことは、何度も何度もくり返して言う。くり返し訴える。二度でも三度でも、五へんでも十ぺんでも営う。そうすれば、いやでも頭に入る。覚えることになる。

またそれとあわせて、文字をつづって文章にしておく、ということも大切だと思う。文章にしておけば、それを読みなさい、と言えば事が足りる。読んでもらえば、くり返し訴えるのと同じことになる。

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文字にしても読まない人が多いから、やはり何度も繰り返し伝えるしかないと思います。 事あるごとに言えば、覚えてくれると思うけど。

11月18日 民主主義と勝手主義

「民主主義と勝手主義」

民主主義というものは、自分がよければ人はどうでもいい、というような勝手なものでは決してないと思うのです。今日の日本の民主主義はわがまま勝手主義である。勝手主義を民主主義の如く解釈している人が随分あるのではないか、というような感じがします。

民主主義というものは、自分の権利も主張することは認められるが、それと同時に他人の権利なり、福祉なりというものも認めてゆかなければならない。そういうことをしなかったならば、法律によってぴしっとやられるというような非常に戒律の厳しいものだと思います。それがあってはじめて民主主義というものが保ち得るのだと思うのです。

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どこかの国は勝手主義になるかなぁ。 それか、個人主義かも。

11月17日 権威を認める

「権威を認める」

一つの会社の経営でも、また個々の責任者が一つの部署を運営する場合でも、そこにみなが認めるような権威というものを求めて、それに基づいて事を成していくことが能率的、効果的な運営をしていく上できわめて大切だと思う。

会社の創業の精神、経営理念なり使命感、あるいは経営者自身の人徳なり熱意、そういったものをみなが得心して権威として認めるようになれば、物事が能率的に治まっていく。今日では権力というものを否定する風潮が強く、さらにそれが進んでいい意味の権威までも認めないような傾向もみられるが、それはかえって非能率を生むものであるとも言えるのではないだろうか。

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オーストラリアは、上下関係がそれほど厳しくない時が多いので、上の人はもうちょっと権威があった方がいいかなぁ、と思う時もあります。

11月16日 成功するまで続ける

「成功するまで続ける」

何事によらず、志を立てて事を始めたら、少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうに物事を成し遂げていくことはできない。

世の中は常に変化し、流動しているものである。一度は失敗し、志を得なくても、それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、周囲の情勢が有利に転換して、新たな道が開けてくるということもあろう。世に言う失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。最後の最後まで諦めてはいけないのである。

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長い人生には必ず浮き沈みがある。 しかし、努力、勉強は必ず報われる。 
どんな場合でも、とにかく一生懸命やって努力せよ。 運に恵まれるというのは努力が必要である。 (三井グループ総帥 江戸英雄)

11月15日 自分の働きの価値は

「自分の働きの価値は」

皆さんは自分の働きの価値というものをどのように考えているでしょうか。かりに月給が十万円の人であれば、十万円の仕事をしたのでは会社には何も残らないことになります。私は自分が十万円もらっていれば、少なくとも三十万円、できれば百万円ぐらいの仕事をしなくてはいけないと考えます。そうすれば会社に金が残ります。その金は会社だけでなく社会へ還元されるわけです。会社から十万円もらって八万円の仕事をしていたなら、会社は二万円損ですから、そういう人ばかりだと、その会社は潰れてしまいます。会社に働く者としては、そういうことを絶えず頭に置いておく必要があると思います。

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んー、やっぱり、給料の10倍ぐらいは働かなくてはならないような気がします。

11月14日 自分を戒めるために

「自分を戒めるために」

松下電器では、昭和八年に“遵奉すべき五大精神”を定め発表して以来、毎日の朝会で唱和している(十二年に二精神を加え七精神)。これはもちろん、社員としての心がまえを説いたものであるが、それと同時に私自身を鞭撻するためのものである。みんなで確認しあった使命であっても、何もなければついつい忘れていきがちになる。だから毎日の仕事のスタート時にかみしめる。言ってみれば自分への戒めである。

人間は頼りないものである。いかに強い決意をしても、時間がたてばやがてそれが弱まってくる。だからそれを防ぐためには、常に自分自身に言い聞かせる。自分に対する説得、戒めを続けなければならない。

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やっぱり、紙に書いて壁とかに貼るかなんかしないと、すぐわすれちゃいますね。

娘はある子供向けのセミナーに行って、コーチから学んできたようで、壁に自分の目標を貼っています。

18歳までの目標
①セリーナ・ゴーメスとエド・オクセンボールドと映画で共演する。
②映画でアカデミー賞をとる
③アルバムをリリースする
④本を出す

こんな内容だったかな。 なんかものすごく望みは高いようです。

11月13日 部下に使われる

「部下に使われる」

一般に、形の上では指導者が人を使って仕事をしているようにみえるが、見方によっては指導者の方が使われているのだとも言える。だから、口では「ああせいこうせい」と命令しても心の奥底では、「頼みます」「お願いします」さらには「祈ります」といった気持を持つことが大事だと思う。そういうものを持たずして、ただ命令しさえすれば人は動くと思ったら大変なまちがいである。指導者は一面部下に使われるという心持を持たねばならないのである。こうした心境があって、はじめて部下に信頼される大将になり得るのである。

特に大きな組織、集団の指導者ほど、この心がまえに徹することが必要だと言えよう。

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リーダーとして生き残るには、思想や哲学が求められ、人徳で人間関係を築いていかなくてはならないそうです。 

福沢諭吉は、徳性とは、哲学者のような深遠な思想をもって、武士のように美しく気高い心を持ち、江戸時代の木っ端役人のように袖の下をもらうような気の利いた悪賢い才覚を持ち、農民のような頑健さと粘り強さを持つことだと言ったそうです。

11月12日 立場を交換する

「立場を交換する」

たとえば経営者と労働組合、与党と野党の関係など、社会では対立して相争うという姿が各所に見られる。その結果、精神的にいがみ合いがあるばかりでなく、物事の円滑な進行が妨げられ、そこから大きなロスが生まれている。

そういう傾向になりがちなのは、やはりそれぞれが自分の立場中心にものを見るからではないだろうか。自分の立場中心に考えれば、どうしても自分というものにとらわれてものの見方がせまくなり、全体が見えにくくなってしまう。だからときに相手の立場にわが身を置く気持で、お互いの立場を交換して考えてみてはどうか。そうすることによって相互の理解も深まり、合意点も見出せるのではないだろうか。

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たった一言が、人の心を傷つける。 たった一言が、人の心を温める。   (知恩院)

11月11日 企業は儲けるべし

「企業は儲けるべし」

企業というものは、終始一貫、どうすれば合理化できるか、どうすればムダな経費が省けるかと、一生懸命汗を流し、工夫し、そして苦心惨憺してやっと一定の利益を上げているのです。そして利益の大半を税金として納めています。企業も国民も、みんなが働いてプラスを生んで、税金を納めているから国の財源ができるわけです。どこも儲けなければ、税金もおさめられない。とすれば国の財源はどこから集め得るのでしょうか。

企業は儲けてはいけないということであるなら、経営は簡単です。努力もいらなければ創意工夫もしなくていいのですから。それで国が成り立っていくのであれば何も苦労はいりません。

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オーストラリアでは、医療のほとんどを政府が支払うケースが多いです。 もちろん公共の医療機関を利用しなくてはならないし、病名にもよりますが、医療サービスを利用するたびに、税金納めていてよかったなぁ、と思います。

11月10日 商品の段位を高める

「商品の段位を高める」

いま、新しい開発商品が十品できたとします。十品とも碁や将棋にたとえると、初段の資格がある、いわゆる一人前の商品として一応は売れていくわけです。しかし、そのうちのどれか、これというものを取り上げて、一品くらいは永遠に名人として残っていく、という姿を生み出すことができないものかと思います。

今までの姿には、新製品ができて少し日がたつと、もう旧製品として消えていくのが当たり前、という考え方がありました。しかし初段のものを今度は二段にする、三段にする、四段にすることによって名人までもっていく。そういうことをたえず考えていく必要があると思うのです。

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iPhone は8段で名人なれるでしょうか?

11月9日 利害得失にとらわれない

「利害得失にとらわれない」

利害得失を考えることは、ある程度やむを得ないけれども、あまりそれにとらわれすぎると、自分の歩む道を誤ることにもなりかねない。

学校を選ぶにしても、卒業して仕事を選ぶ場合でも、そうである。誰もが給与とか待遇のことを先に考える傾向があるが、やはり、自分には何が一番適しているだろうかということを、よく考えるべきだと思う。
必ずしも大会社へ行ったから幸せかというとそうとばかりは言えない。人によっては、中小企業へ勤めてかえって用いられ、人生の味というか、アヤを知る尊い体験ができて、人間としても成長するということが往々にしてあるからである。

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そうなんですが、やっぱり就活している人にとっては大企業に挑戦したくなるみたいです。 社会人になった後に、大企業だけじゃない、と感じるとは思いますが。

11月8日 ふりこの如く

「ふりこの如く」

時計のふりこは、右にふれ左にふれる。そして休みなく時がきざまれる。それが原則であり、時計が生きている証拠であると言ってよい。

世の中も、また人生もかくの如し。右にゆれ左にゆれる。ゆれてこそ、世の中は生きているのである。躍動しているのである。

しかし、ここで大事なことは、右にゆれ左にゆれるといっても、そのゆれ方が中庸を得なければならぬということである。右にゆれ左にゆれるその振幅が適切適正であってこそ、そこから繁栄が生み出されてくる。小さくふれてもいけないし、大きくふれてもいけない。中庸を得た適切なふれ方、ゆれ方が大事なのである。

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現在は振り子時計を知っている子供たちはいるのかなぁ、と思います。 もう何年も前ですが、十代の女子達を車に乗せたときに、古い車だったので、パワーウインドーではなく、手動で窓を開ける車でした。 その子たちは、窓の開け方がわからず、困っていたので、手動だと言うと、「えーっ!初めて見た!」 とえらく感動していました。

11月7日 見る前に察する

「見る前に察する」

不当な競争は断じていけませんが、正常な競争には進んで乗りださなければ、進歩がありません。またその競争には勝たねばなりません。

その場合、問題は相手の差し手を、それが形に表われないうちに感じることができるかどうかにあります。相手の企画が商品として市場に出てきてから、あれはいいな、うちでもやろうか、では遅いのです。まだ目に見えないものを、なんとなく感じる。むずかしいがそれをやるのが競争に勝つ経営というものです。ましてや相手の商品を見てすぐに手を打つならまだしも、それが売れ出してやっとみこしを上げるようでは“後手”にまわるもはなはだしいと言うべきです。

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居合道の練習をしている時は、架空の相手を切る練習をします。 また、架空の相手の殺気も感じ取らなければならないそうです。 それも、あたかも実際に相手がいるように見せなければならないそうです。 これが、なかなか難しいです。

ずっと練習をしていれば、競争相手の目に見えないものも感じられるようになるかなぁ。

11月6日 部下のために死ぬ

「部下のために死ぬ」

経営者に求められるものはいろいろありましょうが、自分は部下のために死ぬ覚悟があるかどうかが一番の問題だと思います。そういう覚悟ができていない大将であれば、部下も心から敬服して、ほんとうにその人のために働こうということにはならないでしょう。経営者の方も、そういうものを持たないと、妙に遠慮したり、恐れたりして社員を叱ることもできなくなります。それでは社内に混乱が起こることにもなってしまいます。

ですから、やはり経営者たるものは、いざというときには部下のために死ぬというほどの思いで、日々の経営に当たるのでなければ力強い発展は期し得ないと思うのです。

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家族のためには死ぬ覚悟はあるけど、部下のためにはどうかなぁ。 責任をとる覚悟ならあるけど。

11月5日 大器晩成ということ

「大器晩成ということ」

よく世間では、あの人は大器晩成型などと言いますが、その場合はどちらかといえば、あまりほめたようには使わないことが多いようです。つまり、いまはまあまあだけれども、そのうちになんとか一人前になるだろう、といった調子です。しかし私は、この大器晩成というのは、もっと大事な意味を持っているのではないかと思うのです。

真の大器晩成型というものは、人生は終生勉強であるという考えを持って、ウサギとカメの昔話のカメのように、一歩一歩急がずあわてず日々精進し、進歩向上していく姿ではないかと思います。そういう姿をめざすことがお互いに大切だと思うのです。

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ずいぶん前から自分に言い聞かせています。 「俺は大器晩成型だ!」 
しかし、いつ大成するのかな? もしかして、大器晩成と言っているから、大成しないのかな? 

でも、「大器免成」が本来の意義だったそうで、真に大いなる器(=人物)は完成しない、という意味だったそうです。 という事は、ひたすら成長し続けるという意味かな。

11月4日 職種と適性

「職種と適性」

文化が進むと職種が増え、自分の好む職種というものが、だんだんと選びやすくなってきます。そしてそこに生きがい、働きがいが求めやすくなってくるだろうと思います。しかし、今日のところは、まだ十分でなく、この仕事はあまり自分には適していないが、まあこれで甘んじていようかという場合もあると思います。けれども昔からみると、非常に恵まれています。

そう考えてみると、今日に生きるわれわれは、非常に幸せだと思います。自分の好む仕事を求めやすい時代です。こういう時代に生まれながら、もしも仕事に生きがい、喜びを感じないというのであれば、それは原則として許されないことになると思うのです。

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前の仕事をしている時に、資格を取るセミナーに参加しました。 セミナーの講師は、
「みなさんは、この仕事の適任者なのです。 いままで、いろいろあったと思いますが、まわりまわってこの仕事にたどりついた、と言う事は、適任者だからです。」 と言うような事を話していました。

僕は単純なので、そう言われると、モチベーションが上がりました。

11月3日 本人としての自覚と誇り

「日本人としての自覚と誇り」

“国破れて山河あり”という言葉があります。たとえ国が滅んでも自然の山河は変わらないという意味ですが、山河はまた、われわれの心のふるさととも言えましょう。歴史に幾変転はあっても、人のふるさとを想う心には変わりはありません。この国に祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神もまた変わることなく、お互い人間の基本的な心構えであると思います。

われわれは日本という尊いふるさとを持っています。これを自覚し誇りとし活動する、そこにはじめて、お互いに納得のいく動きが起こるのではないでしょうか。日本人としての自覚や誇りのないところには、日本の政治も経済もないと思うのです。

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週末に近所の子供が、ハロウィーンでキャンディーをもらいに来ました。 ここ数年はオーストラリアでもハロウィーンが流行ってきました。 商業目的のために、オーストラリアと全然関係がないハロウィーンをするのはどうか? と賛否両論です。 でも、反対している人の方が多いかな。

僕は永住はしているものの、日本人としての自覚と誇りはあると思うのですが、別にオーストラリアのカルチャーの中に入るのは抵抗はないけど、なんかここに居てアメリカのカルチャーの中にはいるのは、抵抗あるなぁ。

11月2日 生産者の感激

「生産者の感激」

私が昔、直接生産に従事していたとき、新しい品物を代理店へ持参して見せると、「松下さん、これは苦心された品ですね」と言われたことがあります。こう言われたとき、私は無料で進呈したいと思ったほど嬉しかったのです。これは高く売れて儲かるという欲望的な意識でなくて、よくぞ数ヵ月の造る労苦を認めてくださったという純粋な感激だったのです。

こうした感激は、常に自分の魂と至誠を製品にこめる者のみが味わい得るものだと思います。そしてそのような喜びに全社員がひたりつつ生産してこそ、確固たる社会信用を獲得することのできる製品を生み出すことが可能になるのではないでしょうか。

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毎年11月第1火曜日、今年は昨日でしたが、はオーストラリア最大の競馬、メルボルンカップの日で、メルボルンは祭日でした。 僕の住んでいるところは、州が違うのでお休みではありませんでした。 それでも、レースが開催されるとほとんどの仕事場はテレビをみながら、午後の休憩にはいるようです。 アルコールがでたりするところもあります。 いいなぁ、こういうのは。

11月1日 人の世は雲の流れの如し

「人の世は雲の流れの如し」

青い空に、ゆったりと白い雲が流れていく。常日ごろ、あわただしさのままに、意識もしなかった雲の流れである。速くおそく、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひとときも同じ姿を保ってはいない。崩れるが如く崩れざるが如く、一瞬一瞬その形を変えて、青い空の中ほどを、さまざまに流れてゆく。

これはまさに、人の心、大のさだめに似ている。人の心は日に日に変わっていく。そして、人の境遇もまた、きのうときょうは同じではないのである。喜びもよし、悲しみもまたよし、人の世は雲の流れの如し。そう思い定めれば、そこにまた人生の妙味も味わえるのではないだろうか。

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きのうときょうは同じではないけど、価値は同じだと言う事も聞いたことがあります。 1分前の時間、今現在、1分後の時間、全部価値は同じなので、全部大切にしないといけないそうです。

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